泌尿器科情報局 N Pro

教科書に載っていない“尿閉”の話4

5. 尿閉の病態生理

最後に尿閉からの回復について解説をしてゆくのですが、尿閉からの回復を理解するためには、尿閉が起こった後になにが起こるのかという、尿閉の病態生理を理解する必要があります。高齢者の尿閉は、もともと膀胱機能が低下している所に、なんらかのきっかけが起こることで尿閉になると言うことを、お話ししました。そして、尿閉となると膀胱には尿がどんどんたまるので、膀胱はどんどん大きくなります。この状態を過拡張といいます。膀胱が無理に引き延ばされてしまうと、膀胱は当然ダメージを受けます。それによって膀胱は機能が低下します。尿意が分からなくなりますし、膀胱が縮む力も低下してしまいます。そうなると、尿意も分からず尿を出す力も低下しますので、尿閉はさらに悪化します。一度尿閉となると膀胱機能が低下し、悪循環が回り続けてしまいます。ここで重要なのは、尿閉のきっかけとなった問題が一時的な問題で治ったとしても、一度起こってしまった尿閉はそう簡単には回復しないと言うことです。尿閉から回復させるためには、この悪循環を早めに見つけて止めることが重要になります。


話がそれますが、この病気が病気を呼ぶ病態は、高齢者看護を行う上で、非常に重要な考え方です。老年症候群、もしくは廃用症候群が連鎖をします。この病気が連鎖してしまわないために、重要な視点はADLにあります。寝たきりで褥瘡が発生してさらに体力が低下するという連鎖を起こさないように、車いすに移したり、トイレに行かせたりといった、ADLを維持する工夫をしないといけません。日常生活を続けることが高齢者では非常に重要であり、その視点をもって看護を行う必要があります。

6. 尿閉の回復

ということで、尿閉からの回復を目指すためには、尿閉の原因が改善する必要があり、その上で適切に管理を行いつつ膀胱の機能が回復するのを待ちます。もともとの膀胱機能の低下は改善しませんが、今回の入院で尿閉になってしまったきっかけとなる問題は多くの場合それほど続きません。あとでグラフが出てきますが、だんだん悪くなった神経因性膀胱は改善はしませんが、脳梗塞や骨折などで尿閉となってもかなりの患者さんはいずれ回復をします。


実際どの程度待つべきかということですが、これは導尿が不要となるまでの期間を示したグラフですが、男性の中央値が3週間、女性が2週間でした。女性では1ヶ月で回復が止まりますので、女性では1ヶ月ぐらい待って回復しない場合には、回復をあきらめた方が良いと言えます。ただし、尿閉の原因がちゃんと改善していればです。やれることをすべてやった上で1ヶ月待った場合はあきらめても良いと言うことです。一方男性では、半年たっても回復してくる患者さんがいて、いつまで待ったら良いのかはなかなか決めかねます。


発見された時に膀胱内の尿量が多い患者は回復が悪いかとおもって調べましたが、回復は遅くなりますが、量だけで回復するかどうかは分かりません。なお、自排尿が回復する前に尿意の回復が見られることも多いので多少参考にはなります。ただし、尿意があっても回復しない患者さんや、逆に尿意が無いのに排尿できる患者さんもいますので、あくまでも参考程度に考えます。


回復するかどうかを一番予測できるのは、なぜ尿閉になったかの理由です。徐々に悪化した神経因性膀胱は、残念ながら回復はあまり期待できません。しかし、それ以外の原因で尿閉となった場合には、ほとんどの患者さんに回復の期待があります。とはいえ、どちらも2割程度は予測が外れます。患者さんが将来絶対に尿閉から回復しないと言うことを断言するのは非常に難しいことです。


ということで、尿閉への対応としては、極力間欠導尿で対応をします。カテーテルが入っていては回復は調べようがありません。また、カテーテルが入るだけで尿閉の原因になることがありますので、カテーテルを抜いても尿が出ないだけでは、尿閉から回復しないとは言えません。数日導尿をすることで回復してくる患者さんが大勢います。また、尿閉が膀胱機能を低下させてしまうので、ためすぎを避ける必要があります。導尿間隔の調整は非常に難しいですが、膀胱過拡張を来しては振り出しに戻ってしまうので、気をつけて行いましょう。最後の注意点ですが、オムツを当てたまま自尿が出るのを待っているだけではいけません。本人が意識して排尿をしようとする必要があります。最初は無駄になることも多いのですが、粘り強くトイレ誘導、トイレ介助を行ってください。意識をさせることで徐々に尿意が回復して自排尿が回復してくる患者さんが必ずいます。


とはいえ、現在の医療情勢は、尿がでないだけでずっと入院をさせておけるほど、病院にその余裕はありません。導尿でもう少しまてば自排尿に回復できる患者さんを泣く泣く退院させないと行けないかもしれません。そういう場合でも、いずれ回復して尿道カテーテルは抜去できるかもしれないと言うことを、必ず退院先に申し送りをしてください。先ほど説明したとおり、将来絶対回復しないという判断は泌尿器科の専門医でも簡単にはできません。実際、施設在宅で必要の無いカテーテルが病院で入れられてきていて、カテーテルを抜いたらちゃんと排尿できる患者さんがいっぱいいるという、病院批判がよくあります。尿道カテーテルは病院では必要でも、いずれ回復して不要となるかもしれないということを、忘れないでください。


最後になりますが、病院を退院後に尿道カテーテルを安全に抜くための方法論はまだ確立されていませんが、一つの試みとして福井大学の先生が尿道カテーテル抜去パスを作成していますので、ご紹介させていただきます。興味のある方は、尿道カテーテル抜去パスで検索してください。すぐ検索できると思います。