まさよしの千夜一夜物語      

この物語はフィクションであり、山崎まさよし氏及び実在の人物団体とは関係ありません      

 

第1話〜第11話  第12話〜第18話  第19話〜第25話      

 

第26話 カミナリの子ども
 ゴロはカミナリの子どもでした。五人きょうだいの末っ子。お父さんは太鼓の名人です。3人のお兄さんは朝から太鼓の稽古に忙しく、一番上のお姉さんは、忙しいお母さんを手伝って、雨の袋を繕ったり、人間の子どものおへそを佃煮にしたりしていました。

 ゴロも大きくなったら、お父さんのように、かっこいい太鼓を叩きたいと思っていましたが、まだ、小さなゴロはおもちゃの太鼓しか触らせてもらえません。お兄ちゃんたちのように本物の太鼓を叩くには、ゴロは小さすぎたし、なんと行っても、あのことができなかったのです。

 それは、雲から雲へ跳び移る技でした。一人前のカミナリになるには、太鼓がうまいだけではなく、気まぐれな雲たちを思いのままに集めたり散らしたりできなければいけません。他にも、稲妻をいかに素早く大きくかっこよく光らせられるかも重要な技になります。

 りっぱなカミナリになるための最初の試練は、いつも動いている雲から雲へぱっと跳び移ることでした。それができたら、やっと、太鼓の練習。太鼓の教則本の初級が終わったら、稲妻の光を出す練習というふうに段階があるのでした。

 ゴロは赤ちゃんの頃、家族で琵琶湖というところへ行ったとき、お母さんがちょっと目を離していた隙に籠から抜け出して、あっと言うまもなく雲の隙間から下に落っこちたことがありました。お母さんは大慌てで、雲の間から湖を覗くと、波間にぷかりぷかりと浮いています。お父さんにすぐに拾いに行ってもらって助かったのです。 それ以来、ゴロは雲に跳び移るのがどうしても怖くてできませんでした。そのことで、いつも、すぐ上の兄さんのナルにからかわれるのです。「やーい、弱虫。悔しかったら跳んでみろ」そういって、意地悪なナル兄ちゃんはビュウンと早い雲に乗って逃げていくのでした。

 ゴロの家は誰も人間の来られない高い山のてっぺんにありました。いつも遊んでいる谷で、ゆっくり動く雲をひとつ見つけてそれにのってみました。下には大きい雲が絨毯のように広がっていたので大丈夫だったのです。さて、下の大きい雲に跳び降りてみようかな。でも、もし、あの雲に穴があったらどうしよう。なかなか足が前に出ません。

 それを陰から見ていたのはお父さんでした。お父さんはこの、太鼓の好きな末っ子になんとか、本物の太鼓たたきになって欲しいと考えていました。4人の男の子たちの中では一番才能があるとにらんでいたのです。太鼓の名人の目に狂いはありませんでした。遊びで叩いているおもちゃの太鼓のリズムは小さいカミナリの子だとは思えないほどおもしろい拍子でした。でも、カミナリの世界には厳しい掟があります。いくら我が子とはいえ段階を踏み外しては一人前にはできません。

 「なあ、ゴロ、お前、太鼓たたきたいんだろ。そんなら、勇気だして跳んでみな。その雲に跳び移れたら、すぐに、お父さんの太鼓さわらせてやるよ。」「えっ、ほんと!」ゴロは突然お父さんが言い出したことにびっくりしました。 お父さんの太鼓は今まで誰も触らせてもらえませんでした。あんなに上手な一番上のライタ兄ちゃんだって。

 「よーし」ゴロは勇気をふりしぼって、とんでみようと思いました。下を見ると足下がふるえてきます。遠くの山に飛び移る気持ちで「えいっ」トスッ、ドタ。尻餅をついてしまいましたが、ぜんぜんいたくありません。とうとう、ゴロは雲を跳べたのでした。


第27話 ゴロの太鼓

 お父さんは、約束通り太鼓を触らせてくれました。ばちを貸してもらって叩いてみました。どおおんとお腹の底に響くようでした。早くお父さんのようにこんな大きい太鼓を打てるようになりたいな。それからのゴロは今までと違いました。みるみるナル兄ちゃんを抜かし、2番目のヒカル兄ちゃんも抜かし、ライタ兄ちゃんと並ぶほどでした。

 ある日のこといつものように太鼓の練習をしているとお父さんの太鼓とバチが仕舞わないままおいてありました。お兄さんが稲光の練習をしてやけどをしたので慌ててでかけたのでした。ゴロはお父さんの太鼓に触りたくてたまりません。お父さんがいないところで勝手に触ってはいけないのは知っていました。一回だけならいいだろう。どおおんといい音がします。今度は二本のバチで叩いてみました。どどおんどどん。なんていい音でしょう。もっともっとやりたくなりました。 

 ゴロは太鼓が好きなだけあって、一度聴いた拍子は覚えていました。お父さんがいつも雲を集めるときにやるのだってよく覚えています。どんどんどどんこどどんこどん。どろどこどろどこ、どこどこどん、どんどんつくつくどんつくどん、どどおんどどおんどんどこどん。太鼓は打てば打つほどいい音で答えてくれました。 

 ゴロは太鼓に夢中になり、まわりがどうなっているか気がつきませんでした。実は大変なことが起きていたのです。お父さんの太鼓と同じ拍子だったものですから、雲たちが東の山からも南の山からも集まってきたのです。いつもならちょうどいいところでお父さんは止めるのですが、ゴロはおもしろくてたまらないのでいつまでたっても止めようとしません。雲は西の方からも北の方からも集まってきました。とうとう、雨がふりだしました。

 お父さんは慌てて戻り、ゴロの持っているばちを取り上げました。太鼓の音がはたとやみました。お父さんはあまり怒れたので、声も出ませんでした。ゴロもようやく周りの様子に目をやり自分のしたことがどんなことか気がついて声が出ませんでした。雲は行き場をなくし渦を巻き、雨は滝のようにしたたり落ちています。いつもだったら、お母さんやお姉さんのミナコがいくつかの袋に雨を受けて、ためて置いて少しずつ降らせていたのに、とても間に合いません。こうなったら、雨が全部降りきるまで、雲は動けないのでした。 

 人間の住んでいる下界はたいへんなことになっていました。川が氾濫し、田んぼは水浸し、もうすぐ、刈り取るばかりになっていた稲は水の中です。ああ、あの家は床上まで水に浸かっている。あ、子どもが流されている。みんなオイラのせいなんだ。あの子どもだけでも助けなくちゃ。

 ゴロはお母さんが止めるのも聞かず、わずかに開いた雲の隙間から下界に落ちていきました。ちょうど、川のところでした。小さい男の子が流されています。ゴロは夢中でその子の手を引っ張り、抱きかかえると岸におろしてやりました。男の子のお母さんは助けてくれたのがカミナリだったのでびっくりして腰が抜けてしまいました。  

 ゴロはしばらく下界で暮らしました。お父さんが許してくれなかったのです。その間、あの男の子の家で一緒に暮らしました。野良仕事の合間に男の子に太鼓を教えてやりました。やがて男の子は村の鬼太鼓の名手となり、お宮さんで奉納太鼓を叩きました。その太鼓があまりに見事だったので、ゴロはやっと許されて、雲の上に戻ることができましたとさ。


第28話    まさよしはどこへ   


 ゴロはりっぱな若者になりました。もう、泣き虫のゴロではありません。お兄ちゃんたちといっしょに太鼓をやってもひときわ上手でした。しかし、このごろ何だかつまんないのです。いつも同じことをやってるのがいやなのです。たまに、みんなと違うリズムでちょっと遊んでみると、すぐお父さんにしかられてしまいます。「どっか知らないとこへ行って見たいな。」

 『お父さんお母さん、ぼくは家を出ます。自分の力を試してみたいのです。必ず、帰ってきますから、捜さないでください。ゴロ』 ある日、こんな置き手紙をして、ゴロは家を出ました。行き先は決めてありました。下界のあの男の子です。あれから、何年も経っていました。男の子はどんな若者になっているでしょう。見てみたい気がしました。ゴロのことを覚えているでしょうか。

 いきなり現れては人を驚かすだけです。姿を隠し家の中を覗いてみました。はて、中には誰もいません。まさよしという男の子もお父さんもお母さんもお姉さんも姿が見えません。ポストの中を覗いてみました。違う人の名前になっています。途方にくれたゴロは村の神社に行ってみました。まさよしと太鼓を練習した場所でした。そこの狛犬に訊いてみました。「おい、俺を覚えているか?」「ああ、何年か前にここで太鼓をやっていたカミナリの子だな。ずいぶん大きくなったじゃないか。」「良かった。覚えてくれていて。」「そりゃ、そんな姿かたちの人間はそうやたらに居ないからな。」「ところで、あの時いっしょにいた男の子がいただろう。」「うん、まさよしだな。」「あいつは、今どうしているんだ。久しぶりに家に行ってみたんだが居ないんだ。」「あいつか、あいつはかわいそうな奴だよ。」「何かあったのか?」

 「あれは、お前が居なくなってから1年ぐらいだったかな、あいつの親父は腕のいい大工だったんだが、ある日棟から誤って落ちたんだ。打ち所が悪く、2、3日しないうちに死んでしまった。残されたおっかさんは、二人の子どもを抱えて朝早くから土方に出て、夜は遅くまで内職仕事をしていた。働きづめに働いて無理をしたんだろうな。重い病になってしまった。今は遠い療養所に行っているよ。まさよしと姉ちゃんは親父の実家に引き取られた。なんでも、意地の悪いおじさん夫婦がいるらしい。それ以来こっちには来ていないよ。今頃どうしているのかな。」「そうか、そうだったのか。ありがとうよ。」ゴロはこぶしの甲で涙をぬぐい狛犬にお礼を言いました。

 ゴロはどうしたもんかと思いました。狛犬に教えてもらった場所は一日で行けるところです。しかし、どうしたら、まさよしの力になってやれるでしょう。おじさんを懲らしめてもどうにもなりません。ゴロのできることといったら、太鼓を叩くぐらいです。とにかく、一度まさよしに会ってこよう。どこどんどこどこどんと太鼓を叩いて雲を呼びました。そして、まさよしのおじさん夫婦の家まで半日かけて行きました。


    第29話    まさよしとの再会      


 おじさんの家はお金持ちでした。油や味噌などの問屋でした。まさよしのお父さんは若い頃にお母さんと駆け落ちをしてお祖父さんに勘当されたので、この家とは疎遠になっていました。お祖父さんは亡くなり、今はお祖母さんとおじさん夫婦、それと、おじさんの娘が二人いました。お祖母さんはまさよしのお父さんをかわいがっていたので、まさよしたちが来た時はそれは喜んでいました。しかし、おじさん夫婦は突然現れた二人を厄介者扱いしました。

 ゴロはそっと木の上から見ていました。まさよしはずいぶん背が伸びていました。これから、学校へいくようです。姉ちゃんは学校へ行かず、店を手伝っていました。まさよしの学校へも見に行きました。みんなとぽつんと離れています。姉ちゃんの作ってくれた握り飯を一人で食べていました。知らない土地で皆になじめないようです。家で窮屈な思いをし、学校でも一人ぼっちなのでした。習字道具を忘れて先生に借りていました。おじさんに言い出せないのです。そろそろ寒い季節なのにコートも持っていません。おじさんに言い出せないのです。まさよしは学校が終わると家に帰らず寄り道をしました。ゴロがついていくとそこは、新聞の取次店でした。どうやら、おじさんに内緒で新聞配達をしているようです。

 「おやっさん、今日のはこれか?」「ああ、頼むよ」取次店のおじさんは足が弱っていました。「足の具合どうなん?」「今日はちょっといかんなあ」「無理しないでな。今日は俺が全部やるよ。」「そうしてくれるかい。ありがとうよ。」まさよしは、いつも優しい子でした。自転車の荷台と前の籠に新聞の束を載せると、次々と手際よく配っていきました。ある家の前を通るときは自転車から降りてゆっくり歩きました。そこは、まさよしの好きな女の子の家なのでした。よく、ピアノの音が聞こえてきました。角のところまで歩くと名残惜しそうにまた自転車に乗り残りの家を回りました。ようやく、全部配り終え自転車を返し、店の外に出ると、「おい、まさよし。」と、風の音のような声が聞こえてきました。見回しても誰も居ません。空耳かと思って歩き出そうとすると、「おい、ここだよ。」あ、今度ははっきり聞こえました。なんと傍の杉の木の上から聞こえてきたのです。見上げると、ぼんやりと人の形をしたものが見えます。「誰かいるのか?」「ああ、久しぶりだな。まさよし。」ポンと降りたのは、何年か前に太鼓を教えてくれたカミナリのゴロでした。

「わ、ゴ、ゴロじゃないか!いったいどうしたん。」「おまえに逢いに来たんじゃないか。」




つづく

この先どうなるか作者にも見当がつきません。

早く、リアルタイムに追いつきたいものです。次回をお楽しみに。