『夢のかけら 〜シルフ〜 』


汗をじっとりかいていた。
自分のベッドの青いチェックのベッドカバーのざらっとした感触にほっとするが、すぐには起きあがれない。
あの夢を見たあとは、寝る前より疲れている・・・いつものことだけど。
学校は休みだった。一般にGWと省略される5月の始め。 僕は中学2年生だが、特にやることもないので家でごろごろしていた。
本当は昼までぐっすり寝ていられる体質(?)だと思うのに、朝食に一度起きていかないとオヤがうるさいので、二度寝をしてしまったらしい。

リアルな夢をよく見てしまう。それも、かなりリアルだ。ひどい時は、夢の中で怪我をしたらその痛みが、起きた後にも残っていたりする。
何故なんだろう。たかが夢のはずなのに、登場人物に名前までちゃんとある。
そして自分にも夢の中で名前がちゃんとあるんだ。いつもの、椎名鷹志という名前とは別に。

以前見た夢と、関連していたりするリアルな夢を見るなんて、僕はおかしいのだろうか。
TVの連続ドラマのように展開していくのではなくて、ジグソーパズルのピースのようにバラバラに見るから、少しややこしい。
たまにつなぎあわせられそうなキーワードを含む夢をひょいと見て、前の記憶をかきたてて考え込んでしまう。たぶん、ジグソーパズルとか謎解きを好きだからだ。
結局こういう自分ってヒマ人でアホなんだよな。といつも思う。
さらに、こんな話を大まじめに開陳すれば、即精神病院行き、いやまあ、「いわゆる、受験ノイローゼですね。」と簡単に片づけられちまうかな。医者もまじめにとりあわないだろう。

ベッドの上でだらけていると、元気すぎる声が階下でした。
「めぐちゃんよ〜〜!」という母の声と「上がるわよ〜〜!」というめぐみの声はほとんどハモっていた。幼なじみのめぐみは家族ぐるみのつきあいだからか、遠慮がない。
もう、いきなりドアがバ〜〜ンだ。・・・全開。

「何?、寝てるの〜ッ?」
年齢は同じなのに、ほとんど母親か姉きどりだ。
「今は寝てない・・。さっきまでちょっと。・・・うるさいなぁ。疲れてるんだよ。」
「シーナ(あ、これ、僕の呼び名だ。)、・・・泣いてた・・の?」
悪いと思ったのか、ちょっとばかし声が小さくなる。
「え?あ、夢だよ・・・。だからさ・・。寝起き最悪。」 とりあえず顔を手近のハンドタオルでこする。
「・・・またなの?また洪水の夢・・?」

実をいうと、めぐみは僕の夢をだいたい知っている。
幼稚園からの腐れ縁だし、今度も同じクラスになったし、夢占いをしてくれそうな女の子なんて僕は他に知らないし、面白がって聞きたがるからだ。

最初は、うそ話だと思っていたらしく、「小説家になったら?シーナ。」と言われた。
僕は、将来なりたいものなんか見つかっていないんで、ちょっと惹かれるものがあったけど、夢を見なくなったらネタに困りそうなんでやめた。
もう一つの理由は、夢の内容がやたらシリアスなので、もし夢の中の世界がどこかに本当に存在していたら(笑ってもいいよ)、どうしようかと思ってしまったのだ。

ちょっとイヤなのは、いつもTVゲームのバッドな終わり方、「GAME OVER」みたいに悲惨な僕の状況だ。
現実だって最悪よりちょっとマシかもしれない状況なのに、夢は思いっきり深くブルー。
深海の底に沈んで、浮かび上がってこれないような・・・(生身の人間ならどんなにあがいて上昇しても途中で死んじまうだろ?)。
めぐみに言わせると、「シーナってもしかして、マ○?(伏せ字じゃなくて、ホントに言うんだぜ、こいつ。ま、いいけど)」という診断だった。
・・・真剣に夢占いをしてくれていそうな気は、全然しない。

「図書館に誘おうと思ってきたんだけどな・・・。」めぐみは、僕の机の椅子に腰を下ろす。
「・・・元気ない・・・。大島を誘えば?(これも幼稚園からの幼なじみ・・イイ男だが、超現実なんてものにはまるっきり興味がない、元気な体育会系の男。)」
「ね、今日のはどんな夢?やっぱ気になって帰れないよ〜。それにシーナ、また寝ちゃいそうだし。」
本当だ。もう一度見直したら、もっと最悪なエンディングになるかもしれない・・。
「・・・聞きたいのならさ、アイスコーヒー。特大。」厳然と注文をだす。
ほとんど家族同然だから、母も来客として気を遣っていなくて、なかなか飲み物なんか出てこないんだ。


走っていく金髪の青年の後ろ姿に、僕が追いすがるように声をかける。
彼が今から何をやろうとしているのか、(たぶん)知っている・・・から。
僕は、懸命に止めようとしているらしかった。
「シルフ、いけないっ、止めるんだ〜〜!」
僕の声が、聞こえ、ないのか・・・?
あきらめきれずに僕は叫んでいる。
彼の背後から、手を思いっきりさしのべて。でも、届かない。
何度目かの叫びにやっとふりかえって(シルフが)ニッと笑った。
だけど、とどまる気は、まるでなさそうだ。
彼との距離がどんどん開いていく。
僕は何をしているんだ・・・?・・・走れない?
足が硬直したかのようにぴくりとも動かない。
自分の後ろを振り返らずとも、誰の仕業か僕にはもう分かっている。
僕に魔法をかけてコントロールしようとするのは・・・・いつも。

「ルディ。放せってば。僕はシルフを助けたいんだッ!」
だけど、ルディは承知しない。
「駄目です。・・・あなたが巻き込まれてしまう。」
「・・・?ルディ、許さないよ!・・・絶交するから!こんな風に・・・邪魔をするのなら・・・!」
言いかけながら、前を向き直った時、シルフがゆっくり崩れ落ちていくのが見えた。
彼の身体に数本の矢(?)が刺さって・・・・。
僕は駆け寄ることすらできない。泣くことと喚くことだけしかできないのか?

「・・・仕方がないのです。これが定めなのだから。」
「・・・定め・・・?」
力でもがいても、彼の魔法には対抗できない。
「あなたか彼か・・・。しかし、あんな目に遭わされたのに、まだ・・・シルフを?」

シルフのことだ、あれ位では死ぬまい。・・・死ぬはずがないよ。
何としてでも・・・前に進む。魔法をとくには術者をやるしか・・・。
「助ける!・・だから、ごめん。」
「え?・・・・うわあぁっ」

ルディをいやというほど、やっちまった・・・らしい。
だいたい、魔法っていうのは、高度なものほどエネルギーや集中力を使うから、行使しているときにスキが生じやすいのだけれど。
ルディはいつもスキがないから、僕は手加減なんて考えずに攻撃系魔法を使ってしまった・・・。
僕はいつも、魔法のコントロールがうまく出来ない・・・。
おまけに誰かを助けたりする、癒し系の魔法(白魔法)なんか僕は使えやしないくせに。


「・・・で、どうなったのよ?」
「分からない・・・。そこから目が覚めかけていて、記憶があいまいで。 ・・・とにかく前にも怪我人。後ろにも怪我人。という感じかな。」
表現がシンプル過ぎるが、心の中じゃまだドキドキ心配が続いている。それをうまく伝えられないのだから、やはり僕は小説家なんて職業には向いていない。

「『二兎を追うものは、一兎をも得ず。』ってことかしらね。」
・・・・・。ちっとも夢占いになっていないよ、めぐみの奴。
とにかく、僕はシルフもルディも助けたくて、今こちら側には戻りたくなかったんだ。

あのあと、どうなったんだろう・・?
ルディだって、先日とは違って僕に敬語をつかって話しているところが、なんだかとても変だった。
しかも最後、あの僕の魔法暴発に絶望的な表情で・・・倒れていったみたいだし。
ルディを倒すことの出来る魔法力なんて僕にあったこと自体、すごく変だ・・・。

ぼーっと考えている僕に、いきなりめぐみが聞いた。
「そうそう、『あんな目』ってシルフにどんな目に遭わされたの?」
「分からない・・・。シルフが出てきたのは、今日が初めてだもん。 でも、あの追いかけっぷりといい、僕は彼をすごく大事に思っていたみたいだ・・。」
「シーナ、先日は夢の中の大事なお姫様に命を捧げるって言ってなかった? あんたって気が多いのねぇ。しかも今度は、お・と・こ(笑)」
「ちぇっ、変な言われ方。そりゃ、アナスタシア姫が一番だよ。僕は夢の中で誓ったんだから。」

そう。僕は命に替えても、そう何度生まれ変わってもアナスタシア姫のもとにいくんだ。
それだけは、絶対なんだから。
だけど、シルフ・・・。そしてルディ・・・。
ルディは僕の守護者らしいのに、そんな彼を僕が攻撃するなんてこと、今まで考えたこともなかったのに。
アナスタシア姫を除外したら、ルディが一番多く夢に登場している。
夢の中で名前の綴りまで教えてくれたのは彼しかいない・・・。
僕は物ごころついた時から、同じ絵を描きつづけていた。
緑の瞳をした白い馬、名前はエメラダというのだと、2、3歳でそう説明していたのだそうだ。
そのエメラダに、夢の中でいつも乗っているのはルディだったのだ。
僕にあれこれうるさく言うのも彼だったけど・・・。
もし、このあとルディに会えなかったら、この後はどうすればいいのか。 やっと今までの夢がつながりかけてきたというのに・・・。
そして、夢から覚めた今もこんなに発狂しそうなくらいに心配なシルフっていうのは、僕にとっての誰、なんだろう?

「シルフって、シーナの表現からすると、今までで一番はかなげなハンサムって感じだよね。」
そう。とてもキレイな顔だ。女の子になってもいいくらいのキレイな・・・。あのニッて笑った時のすごい笑顔がとても忘れられない。
あの瞬間、胸がズキズキしたんだ。 これが最初で最後の笑顔って感じがして。

しばらく後、僕は夢の中で本当にシルフに再会しちまうことになる。
しかも、それは今日の夢より時系列的には前で、『あんな目』とはどんなものか、という 回答編ともいえるものだった。

(続く)

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