オウガバトル外伝
an Anecdote of Ogre Battle Saga

「理 由」


 「どうして、あなたなんですか?」
 そう叫んだ少女に、気持ちを残してきたわけではなかった。
 少し考えなければ、名前も思い出せない。
 冷たいようだが、ミルディンにとっては、少女はその程度の存在でしかなかった。
 
 「聖剣が盗まれたのは、騎士団の責任だって、そのくらいのことはわかります。
  でも、どうして、責任を負うのがあなたなの?あなたでなくてはいけないの?」
 だから、その言葉が耳から消えないのは。
 
 「なんだ?そのまま海に飛び込みそうな面して」
 振り返ったミルディンの顔に、苦笑が刻まれていた。
 「申し訳ありませんね。地顔ですよ」
 
 ギルダスは、いくぶんわざとらしい笑い声を立てた。
 「それが地顔なら、もうちょっと俺にも若いお姉ちゃんが回ってきただろうよ」
 「私のことは関係ありません。あなたに人徳がないんです」
 「……その毒舌が、お姉ちゃんたちに向いてもな」
 「いずれにしても、追放された騎士なんてしろものが、もてる道理はありませんよ」
 「追放、ね」
 ギルダスは肩をすくめた。
 
 「信じるバカがいるのかね。新生ゼノビアの、聖騎士団と魔獣軍団と
  魔法団の長が揃って国外追放」
 「しかも、勇者殿を守って、あの苦しい戦いを戦い抜いた方々が」
 ギルダスは嘲弄するように、ミルディンは冷然と、口許に笑いを刻む。
 
 「せめて、紋章くらいは剥がしておくべきだったか」
 「意味はありませんよ。たかだか鎧の紋章を剥がしたところで……
  いえ、鎧も剣もなかったとしても、団長が騎士以外のなにかに見えますか?」
 「ああ。船酔いでつぶれたおっさんには見えるな」
 
 この船がゼノビアを離れてから、二日。
 今日は、少しばかり波が荒い。
 「まあ、団長らしいといえば、この上もなく団長らしいですが」
 「まあな」
 
 ミルディンは荒れる水面に視線を落とした。
 「志願したのでしょう?」
 「ああ?」
 「あなたは自分で同行を決めたと、カノープス団長にうかがいましたが」
 ギルダスは吹き出した。
 「カノープス団長?そんな呼ばれ方じゃ、あのトリ、振り向きもしないぜ」
 「トリと呼んだら、殴られるのは必至ですが……
  どうしてあなたと話すと、こう脱線するんでしょうね」
 「人徳、ねえからな。……志願したら、なんなんだ?」
 「どうしてです?」
 「志願した理由か?」
 ギルダスは困ったように頭を掻いた。
 
 「まあ、ハイランドの騎士には、いろいろあるからな。
  面倒事よりは、危険のほうがまだ性にあってる。それだけだ」
 それだけ、とは思えなかったが、それを追求するほどにはミルディンは野暮でない。
 
 「カノープスも、おおかたそんなところじゃないのか?
  口先じゃ、団長とウォーレンじいさんが心配だからとか抜かしてたが」
 「……まあ、心配は心配でしょうが」
 
 忠実一途な騎士の中の騎士と、未来を見通す占星術師。
 “足もとが見えない”ことでは、どちらもいい勝負だろう。
 「団長は、どうお考えなのでしょうね。こんな無体な命を受け入れたのは、
  それが王命だったからでしょうか。それとも、盗まれたのが、
  勇者殿の剣だったからなのか」
 「おいおい」
 ギルダスは呆れたようにミルディンの肩を叩いた。
 「それをお前が聞くのか?」
 「は?」
 「お前がその無体な命令とかを聞いたのと、同じ理由じゃないのか?」
 
 ミルディンは眉を寄せた。
 「もう少し、わかるように話していただけませんか。これでも、悩んでいたんですから」
 「何を」
 「団長たちについて、ヴァレリアに行けと命じられて、なぜ自分が受け入れたのか、
  自分でもわからない。出発の前に、なぜあなたなのかと、ある人に聞かれて、
  答えられませんでした。……別段、後悔しているわけでもないのですが、
  そのことがどうしても気にかかって」
 
 ギルダスは呆れ顔でミルディンを見た。
 「誰でも、自分のことは、わからないものなんだな」
 「どういう意味です?」
 「“全部”なんだろうよ」
 「……?」
 「それが国王の命令で、奪われたのがあの勇者殿が賜った剣で、
  ローディスの連中がそれを使ってどんなバカげたことをやらかすかわからないから。
  そういうご立派な理由全部だよ」
 
 「それを翻訳すりゃあな」
 背後から声がした。
 火のような髪に、大きな翼。
 
 「カノープス団長?」
 カノープスは顔をしかめた。
 
 「お前らの団長はあっちだろう。団長はよしてくれ」
 「だから、言っただろ」
 「話が長くなるから、お前はひっこんでろ」
 「団長の命令とあれば」
 ギルダスは芝居がかった口調で言った。
 
 「……翻訳すれば、なんですか?」
 「“騎士だから”」
 「……はあ?」
 「自覚なし」
 ギルダスはいかにも根性悪げに、にやにや笑っている。
 
 「ま、そのうちわかるだろうさ」
 「何が、です?」
 「自分が騎士だってことが、だよ」
 「ちょっと違う。騎士ったら、一応俺も騎士だからな」
 「じゃあ、何だ?」
 「“聖騎士のたまご”って言うんだよ、こいつの場合は」
 カノープスは笑い出した。
 「違いない」
 「何なんです、それは?」
 「まあ、聖騎士目指して日々精進しろよ、たまご君」
 ミルディンは半分途方にくれて、二人の背中を見送った。
 
 それから数日の間、たまごと呼ばれ続けたミルディンが、
 「私はたまごから生まれたわけじゃない」と真面目に訴えたというのは、余談である。


  謝辞
 これは、バトラーさんのHP『Twelve Gates』に掲載されていた作品です。
 バトラーさんのサイト縮小に伴いまして、拙宅にて承継掲載させていただくことになりました。 バトラーさん、シャトヤンシーさんのご厚意、ありがとうございました<(_ _)>。
 ゼノビアの白騎士さん達の掛け合いが活き活きしており、また最後にクスっと微笑ませてくれる、暖かい作品です。