オウガバトル外伝
an Anecdote of Ogre Battle Saga

「我が命、君と共に」


 今は遠いゼルテニアで出会ったとき、反乱軍と自称するのは、
 敗走したゼノビア軍の残党でしかなかった。
 そして、その旗印、世界を救う勇者と名指された者は、美しい容姿以外は
 さしてとりえのない、ありふれた少女にしか見えなかった。
 ……あの、どこか怒ったように輝く、あざやかな瞳を除いては。
 
 「アーウィンドの姿が見えないんです。こんな時間なのに」
 だから、彼女の古い友人だという僧侶が、焦りの表情で訴えたとき、
 ランスロットは決して驚かなかった。
 今の彼女は、まったく逆であったから。
 指導者として、指揮官として、充分な実力と威厳とをそなえながら、その瞳からは
 輝きが失せていたから。
 
 「落ちつきなさい」
 「でも」
 「ここは地上とは違う。フォーゲル殿が自分を取り戻された以上、
  彼女を害そうとする者はいないはずだ」
 「どこに帝国の走狗がひそんでいるとも限らないのに?
  あの子はたいした戦士ではないんです。物陰から矢でも射掛けられたら、
  それで最後なんですよ?」
 「心配はいらないよ。彼女にはなによりも強力な守護者がついているのだから」
 「どういう意味ですか?」
 若い僧侶は不思議そうに聖騎士を見上げた。
 アーウィンドの騎士がいるのは、自分の目の前なのに。
 
 「いるところは見当がついている。すぐに連れ戻すから、それまで誰にも
  言わないでくれないか」
 「ランスロットさんが、そうおっしゃるんでしたら」
 僧侶は不承不承に答えた。
 「でも、30分ですよ。それ以上遅くなられたら、大騒ぎして探し回りますからね」
 「わかっているよ。ありがとう」
 聖騎士は小さく笑って、僧侶に背を向けて歩き出した。
 
 この戦いは伝説になるだろうと、ランスロットは思う。
 聖なる剣ブリュンヒルドの力で、封印された道は開かれ、勇者は悪鬼の手から
 三人の天空の騎士たちを救い出し、美しき女神の祝福を受ける。
 後世の人々は、吟遊詩人のサーガに歌われるその物語を、無責任に
 愛でるのかもしれない。
 
 「アーウィンド」
 小さな丘の上に、見慣れた姿が佇んでいる。
 風になぶられる赤い髪。
 細い腰に下げた剣が、重たげに映った。
 「どうして、ここが?」
 アーウィンドは振り向かずに言った。
 「君は、意外と、感傷的なところがあるからね」
 「えっ?」
 「この風景が、君の故郷に似ていると言っていただろう?」
 高台から遠くに眺める、小さな村落。
 それが、彼女があまり語らない過去の風景に、似ているのだと。
 
 「聞き流してほしかったんだけれど」
 「聞き流したら、迎えには来られなかったな。……皆が心配する。戻ろう」
 アーウィンドはひとつ吐息をついた。
 「もうしばらく、いてはいけないかしら」
 「少しだけならね。君のお目付け役が、30分で戻れと言っていた」
 「……」
 アーウィンドは長い睫毛を伏せた。
 「こんなところまで、来てしまったのね」
 「……ああ」
 「おかしな話よね。ずっと重荷だった。自分が反乱軍のリーダーで、
  自分の判断ひとつで、数え切れない人の運命が変わってしまうということが。
  自分がこんなところにいるのも、今でも信じられない。
  私は、アーウィンドという名の自分は、一年前と変わったようには思えないから。
  なのに……どうしてかしら。私は、怖い」
 「当たり前だ。戦うことも、戦わせることも、誰でも恐ろしいさ」
 「そうじゃないのよ。私は……私が恐れているのは」
 アーウィンドは腰の剣を抜き放った。
 
 天に授けられた剣。
 勇者を守り、導くものであるはずの、聖なる剣。
 「すべてが終わってしまうこと。この剣が、私のものでなくなること」
 勝って大陸に平和を取り戻しても。
 敗れて全てが暗黒に包まれることになっても。
 
 「終わったあと、自分がどうあるべきか」
 ランスロットは静かに言った。
 「それが、見えないのだね」
 「あなたは何でも知っているのね」
 「私は、君の騎士だからね」
 父でもなく、恋人でもなく。
 勇者アーウィンドを、輝く目をした赤毛の少女を護る者。
 アーウィンドはかざした剣をおろした。
 
 「私の剣だっていうのに、重くてもてあますなんてね」
 「君は戦士じゃない。当然だろう」
 「使えない剣なんて、意味がないわ」
 アーウィンドは抜き身の剣をランスロットに向けた。
 「聖騎士ランスロット」
 悩んでも、迷っても、決して震えることのない、その声。
 「あなたにこの剣を委ねます。神と法と、あなたの正義とに背かぬよう、
  決して闇に堕することのないように」
 
 ランスロットはその手から剣を取り、天に掲げた。
 「天と君とに誓う」
 青灰色の瞳が、まっすぐにアーウィンドを見返した。
 「神と王との他に、我が剣が君ひとりのものであることを。違えたときにはこの命、
  いつなりと、なげうとう」
 月の光が、その刀身に映って、弾けた。
 情け容赦なく神聖な、その輝き。
 
 「ばかな人ね」
 アーウィンドは唇をゆがめた。
 笑ったようにも、泣きたいようにも見えた。
 「そんな誓いで自分を縛らなくても、私は知っている。あなたは決して私を裏切らない。
  あなたが裏切らない限り、私は決して、“勇者”の自分を裏切らない」
 アーウィンドの瞳。
 その中にようやく甦った輝きは、剣に映る冷たいそれとは、あまりにも異なっていた。
 
 「さあ。帰ろうか」
 ランスロットは優しすぎるほど優しい声で、言った。
 「そうね」
 アーウィンドはいつもと変わらない笑みを浮かべて、答えた。
 
 勝利はまだ、遠い。
 そして、聖騎士の誓いが自らの心を引き裂く日は、更に遠かった。


  謝辞
 これは、バトラーさんのHP『Twelve Gates』に掲載されていた作品です。
 バトラーさんのサイト縮小に伴いまして、拙宅にて承継掲載させていただくことになりました。 バトラーさん、シャトヤンシーさんのご厚意、ありがとうございました<(_ _)>。
 ご本人が聖騎士ランスロットファンなのに、発表当時大絶賛し、暴走の感想カキコをした私に捧げるとまで言ってくださって・・・、私は申し訳ない気持ちになりながらも、大変うれしかったのでありました(^^;。