オウガバトル外伝
an Anecdote of Ogre Battle Saga

TOO PROUD [SIDE:A]



 「とにかく、ご無事でよかった」
 デニムがその言葉を口にするのは、これで3回目。
 “ランスロットさんは心配だけど”−そう言いたい気持ちを殺しながら。
 
 「まあ、お前らは殺しても死なないにしても」
 カノープスはその微妙な響きを聞き流して、さらりと言った。
 「よく無事だったもんだよな」
 カノープスが見ているのは、彼らの手にした剣である。
 軽く鋭利な片手持ちのデゼールブレードと、破壊力の高い両手持ちの大剣イセベルグ。
 ミルディンとギルダス、二人の騎士の個性そのものを象徴したようなそれぞれの愛剣。
 
 「そうですね。捕虜になってたのに、よく没収されませんでしたね」
 「冗談だろ?騎士ともあろうものが、自分の剣をそう簡単に手放せるものか」
 ギルダスは意味ありげににやにや笑って、言った。
 「そうでしょうね。騎士たるものが、おのれの剣を手放したりは...ね」
 ミルディンはかすかに笑った。
 遠巻きに見ている女性陣が、その笑顔を見て一斉にどよめいたのに、
 気づいているのかいないのか。
 
 「何言ってるんだ、お前ら?」
 「“こっちのこと”だよ」
 「なんか、口にできないような、汚い手でも使ったのか?」
 「人聞きの悪いこと言うなよな」
 「そうですよ。ギルダスさんならともかく...あっ、いえ、なんでも」
 「何だ、てめぇ、命の恩人に向かって」
 じゃれる二人から、ただ静かに笑っている騎士に視線を移して、カノープスは訊いた。
 「何か、言いにくいようなことでもあったのか?本当のところ」
 「そんなことはありませんよ。...ただ」
 「ただ?」
 ミルディンがその先を続けなかったのは、決して、悪意からではなかった。
 
 
 
 「逃がすな!」
 どこかで声があがった。
 その声の勢いからすれば、敵兵のものだろう。
 「捕らえれば、報奨金が出るぞ!聖騎士だけじゃない、部下のほうもだ!」
 (私たちのことですか、あれは)
 ミルディンは薄く笑った。
 「貴様、なにがおかしい!」
 彼に相対した暗黒騎士が怒鳴った。
 「ご存知ないのですか?」
 対して、ミルディンの声は、異様なほど静かだった。
 「その大層な兜の下で動揺している様子というのは、ひじょうに滑稽ですよ」
 「き、貴様あっ!」
 叫んだ声が、哀れなまでに若い。
 激した勢いで殺到する剣では、到底、ミルディン・ウォルホーンを倒しえない。
 血しぶきがあがる。
 当然、流れた血は、ミルディンのものではない。
 「く、くそ...ローディス教国に...」
 声は、そこで途切れた。
 
 「望みは、勝利ですか?栄光ですか?」
 主命のためになら、どんな戦場にも赴こう。幾度でも命を賭けよう。
 だが、この敵の兜をはいで、素顔を見ろと命じられたら、従うことができるだろうか。
 「いたぞ!」
 背後から、別の声が追ってくる。
 感傷にひたる間など、あるはずがないのだ。
 
 
 
 軽い愛剣は、血脂にまみれて、とうに使い物にならなくなっている。
 最後の敵に、なかば叩きつけるように斬りつけたのは、
 敵から奪った、ありふれた量産品の剣だった。
 崩れ落ちる敵の体。
 ミルディン自身も、その勢いを殺せずに、無様に泥水の中に膝をついた。
 (疲れた...な...)
 
 久しぶりだ。
 剣が重いなどと思うのは。
 
 「ちょっと、あんた−騎士さん!」
 場違いな女の声に、ミルディンは重い頭をあげた。
 「しっかりおしよ。ほら、これを使いな」
 渡されたのは、雨に濡れて湿ったキュアシード。
 
 「あなたは...」
 「いいから、早く。いつ敵が来るかもわからないんだろう?」
 敵の死体に怖気づくこともなく、ミルディンを支え起こしたのは、行きつけの酒場の
 女将だった。 ミルディンのというよりは、ギルダスの。
 
 
 「大丈夫かい?」
 「ええ...」
 助かりましたと言おうとして、ミルディンは女将がたくましい背に負ったものに気づいた。
 雨に濡れた、重たげな広刃の剣。
 
 「その剣は...」
 「あんたの相棒から、預かったんだよ」
 女将はあっさりと答えた。
 「どういうことです?彼は」
 「落ちつきな。死んだわけじゃないんだから。あんたみたいに、大勢の敵に襲われて、
  剣に脂が巻いて、使えなくなったからって」
 そんな理由で、あの男はこれほどの剣を手放すのか。
 腹立たしいと同時に、妙に納得する部分もある。
 剣を誇りに思う感性など、あの男が持ち合わせるわけもない。
 
 「戦況は、そんなに悪いのかい?」
 「と、おっしゃいますと...?」
 傷はふさがっても、流れた血が戻ってくるわけではない。
 貧血が、思考を散漫にさせている。
 「あんたの相棒...あのヒゲの騎士さんさ。敵に取られるくらいなら、あんたが
  売っ払ってくれって、あたしにこれを押しつけていったんだよ」
 
 ミルディンは眉をひそめた。
 その表情を注意深く見つめて、女将は続けた。
 「あたしも長いこと兵隊相手に商売してるからね。あんた達や、あの聖騎士さんが、
  なみの腕じゃないってのはわかるよ。そんなあんた達でも、やられちまうかもしれない
  ってことなんだろう?」
 
 ミルディンは答えなかった。
 「その剣を、どうなさるつもりです?」
 逆に、問いかける。
 「売っちまうと思ったのかい?」
 女将は豪快に笑った。
 「言ったろ?この商売して長いんだ。あんたの相棒が、なにを言いたかったのかくらい、
  わかるさ」
 
 「“取りに行くまで、預かっておいてくれ”でしょうか?」
 死ぬか、よくても捕虜とされることを、ギルダスは覚悟しているのだ。
 「使えない剣なんて、お荷物にしかならないだろう。けっこう重いようだからね、
  このお荷物は」
 「お荷物、ですか...」
 ただの剣ではない。
 ミルディンが、砂漠の小国の一兵卒だったときから、命を預けてきた剣だ。
 
 (団長なら)
 ランスロット・ハミルトンなら。
 彼の誇りと誓いとにかけて、騎士団長の証たる剣を、決して手放しはしないだろう。
 
 「そうだ。そんなことより」
 「え?」
 「あんたの相棒さ。どうも敵の真っ只中につっこんで行っちまったような気がするんだよ」
 「どういうことです?」
 ギルダスらしくもない。
 猪突猛進型に見えても、状況を見る目は確かな男だ。
 
 「あたしにもよくわからないけどさ、金髪の男の子の姿が見えたと思ったら、
  顔色変えて走って行っちまったんだよ」
 「金髪の?」
 ...まさか。
 「中背の、育ちのよさそうな、16.7才の少年でしたか?」
 「そんな感じだったよ。へんに上等な、青い石のはいった首飾りをしてたっけね」
 
 彼を、死なせるわけにはいかない。
 はっきりしない思考の中で、その認識だけが鮮明だった。
 
 「申し訳ありません。重いでしょうが、これもお願いします」
 ミルディンは愛剣を女将に手渡した。
 「なにが重いもんかね。昔は双子の赤ん坊を抱っことおんぶで働いたもんさ」
 言葉どおり、女将は軽々とその剣を持ち上げてみせた。
 そこから漂う血の臭いにも頓着せず。
 「ちゃんと手入れして、とっておいてやるからね。
  ...だから、ちゃんと取りに来るんだよ。いいね」
 「ええ。必ず」
 ミルディンは奇妙な自信をこめて応えた。
 「死ぬんじゃないよ!」
 
 その声を背に、ミルディンは走り出した。
 守るべき者のために、命をなげうつのが、騎士であるならば。
 誇りなど。
 「自分の誇りなど、くそくらえ、ですよ」
 端正なその顔に浮かんだ、凄絶な笑み。
 
 たしかに聖騎士になるべき者が、雨の中を走っていく。


  謝辞
 これは、バトラーさんのHP『Twelve Gates』に掲載されていた作品です。
 バトラーさんのサイト縮小に伴いまして、拙宅にて承継掲載させていただくことになりました。 バトラーさん、シャトヤンシーさんのご厚意、ありがとうございました<(_ _)>。
 ゼノビアの白騎士さんシリーズの新境地と大変好評だった作品です。