金井喜久子「ピアノ五重奏曲」、名古屋で演奏。

 2008年8月3日 (日)、名古屋のしらかわホールで開催された「名フィル室内楽の日」コンサートで、金井喜久子の「ピアノ五重奏曲」が、名フィルメンバーを中心とした「金井喜久子・メモリアル・クインテット」により演奏された。一昨年の愛知県芸術文化センターにおける「金井喜久子生誕百年記念コンサート」に続き、ふたたび魅力的な金井ワールドが名古屋で展開された。当日の会場には東京から駆け付けたご長男・金井弘志さんの姿も見られた。
 「ピアノ五重奏曲」は作曲グルーブ「白濤会」作品発表会のために書かれ、1951年 (昭和26年) 4月に内藤芳枝のピアノ、日響メンバー によって初演され、その後N響メンバーなどにより何度か再演されている。金井喜久子の室内楽を代表する作品で、第2楽章での本格的なフーガや、のちに管弦楽に編曲される沖縄音階を使った創作舞曲による第3楽章は、特に聴きどころだ。
 今回の上演にあたり「金井喜久子・メモリアル・クインテット」のメンバーの皆さんは、本当に真摯に、この作品に取組まれた。オーケストラの極めてタイトなスケジュールの中、多くのリハーサルを重ね、時には沖縄音楽の旋律の歌わせ方や独特のリズム感を知るため、名古屋市内の沖縄料理店に何度も足を運ぶなど、本当に尽力してくださった。(ただ単に呑みたい、という目的もあったようだが)
「この作品は、練習をすればするほど素晴らしい作品なんだ、と思えて来ました」とは、チェロを担当されたA氏の言葉である。

 「名フィルの日」コンサート  



 8月3日 (日) 12:30  しらかわホール (名古屋・伏見)
出演/名フィルメンバーを中心とした「金井喜久子・メモリアル・クインテット」、「アンサンブル・ジャポニカ」など全15団体。


★金井喜久子の交響詩曲「梯梧の花咲く琉球」東京で上演

(2008.4)

 2005年3月に愛知県・美和町において、海部交響楽団により実に60年ぶりに再演された金井喜久子の交響詩曲「梯梧の花咲く琉球」(1946)が2008年4月6日、オーケストラ・ニッポニカ第13回演奏会において、東京では初演以来実に60年ぶりに上演され、大好評を得た。

〜 日本の交響作品撰集1928-1946 〜

 2008年4月6日(日)14:30開演  紀尾井ホール

(プログラム)
金井喜久子   交響詩曲「梯梧の花咲く琉球」(1946)

平尾貴四男   古代讃歌 (1935)
深井史郎    交響的映像「ジャワの唄声」 (1944)
松平頼則    南部子守唄を主題とするピアノとオルケストルの為の変奏曲 (1939)
橋本國彦    感傷的諧謔 (1928)
山田和男    交響的「木曾」(1939)


 指揮/本名 徹次(ニッポニカ音楽監督)   管弦楽/オーケストラ・ニッポニカ

★金井喜久子生誕100年記念演奏会 in 浦添

(2007.7.1)

   

 昨年の宮古島でのコンサートに続き、沖縄本島でもついに、金井喜久子生誕100周年を記念するコンサートが実現した。
新装なった浦添市てだこホールの、真新しい客席はほぼ満席の盛況であった。ロビーには、昨年の名古屋における記念演奏会の指揮者・照喜名一男氏から送られた、巨大な花籠が飾られていた。

 コンサートはまず混声合唱団「フォンターナ」、女声合唱団「ひまわり」、合唱団「いずみ」、女声コーラス「女童」、女声合唱団「コール・デンファーレ」合同により、アメリカMGM映画「八月十五夜の茶屋」で使われた、「ましゅんく」「かなよー」「安里屋ユンタ」が歌われた。続いてバレエ音楽「龍神祭り」序曲、「琉球カチャーシー」が、高良仁美さんのピアノによって演奏された。キングからのCDリリースがきっかけとなり、高良さんはこれまでに様々な機会に、金井喜久子のピアノ曲を演奏して来ている。演奏もさすがに手慣れたもので、「琉球カチャーシー」の最後のド派手なグリッサンドなど、まさに聴きもの (見もの?)であった。 真新しいスタインウエイでは、さぞ大変だっただろう、と思わせたが。

 続く「ピアノ五重奏曲」(郷愁) は、知る人ぞ知る金井喜久子の傑作である。1960年代、作曲グルーブ「白濤会」作品発表会のために書かれたこの作品は、当時日本最高のメンバー (N響メンバー) により初演されるということで、金井には相当なプレッシャーとなったようである。その努力の成果は各楽章に見事に現れている。第2楽章は、金井の作品の中では珍しい本格的なフーガが心を打つ。また第3楽章は沖縄音階を使った創作舞曲で、金井自身よほど愛着があったらしく、のちに同曲を「八重奏曲」に、そして1974年には遂に「豊年踊り」という題名を付け、「沖縄綺想組曲」の第2曲として管弦楽曲にしてしまうのである。
   

 パリ音楽院に留学した外間三千代さんのピアノは音色も美しく、また沖縄独特のリズム感にフランス的エスプリも匂わせるなど、まことに秀逸なものであった。沖縄交響楽団メンバーによる弦楽部も好演していたが、第2楽章のフーガなどは、さらにきちんとしたアナリーゼの必要性を感じさせた。しかし曲の面白さ (特に第3楽章) は、充分客席に伝わったようである。
 休憩を挟み、還暦を迎えたばかりのベテラン・テナー泉惠徳氏が、何と着流し (?) 姿で登場し、「東西東西」を絶唱すると、会場は一気に笑い声と手拍子とに包まれた。泉氏は「松の下小唄」や沖縄出身者が全国でこよなく愛唱する「ふるさと」でも、まことに味わいの深い歌唱を聴かせてくれた。
 続いて、金井喜久子と同じ宮古島出身で、日本音楽コンクールで第1位を獲得するなど、今最も期待されているソプラノ・砂川涼子さんが登場した。「てぃんさぐの花」「ハイビスカス」、そして金井喜久子が生涯愛し続けた「宮古の子守唄」を、砂川さんは抒情味溢れる歌声で聴かせた。最後の「さても常夏」は、沖縄独特の間合い、粋が存分に楽しめた。
 つづいて金井喜久子ご長男の弘志氏と、金井の遺志を継いで沖縄民謡の採譜を続けている作曲家・杉本信夫氏が、金井喜久子について興味深いトークを披露した。

 コンサートのフィナーレは、いよいよ沖縄交響楽団による管弦楽演奏である。
演奏曲の交響詩曲「宇留間の詩」、「琉球舞踊組曲」は共に、何と大平洋戦争真只中の1944年3月に開催された「金井喜久子・第1回自作演奏会」のために作曲 (作曲者指揮/中央交響楽団=現在の東フィル) されたもので (今回の演奏会では「琉球舞踊組曲」は1981年の改訂版を使用) 、「宇留間の詩」は実に63年ぶりの再演、もちろん沖縄初演である。
 金井喜久子の管弦楽作品の処女作「琉球の思い出」(1939)や、代表作「梯梧の花咲く琉球」(1946) が、リズミカルな沖縄民謡をふんだんに用いているのに対し、この「宇留間の詩」は、ゆったりとした神秘的な表現を基調としており、それだけに、テクニック的には「梯梧の花咲く琉球」などよりは容易で、沖響もよく健闘していたが、その音楽を支える「響き」を表出するまでには至らなかった。
 しかし、続く「琉球舞踊組曲」は、これまで何回も演奏して来ていることもあり、また曲自体が「三線」が入るなど親しみやすい内容を備えていたこともあって、会場は大いに盛り上がった。指揮者の高良健作氏は、オーケストラの本格的な演奏会は今回が実質的なデビューにあたるとのことで、その指揮は誠実で、まさに謹厳実直そのもの。ただ私は、昨年宮子島の演奏会で指揮をとられた富原守哉氏の、自由奔放で躍動感溢れる指揮を、ついつい懐かしく思い出してしまった。

  

 今回のコンサートは、永く沖縄コンベンションセンターの館長を勤め、この4月に新築された浦添市市民会館 (てだこホール)の館長に就任された比嘉悦子さんが主催者代表となり、プログラムも室内楽曲から混声合唱曲、管弦楽曲に至るまで、実に多彩な内容が組まれた。また地元紙・琉球新報も、前回の宮古島演奏会に続いて、今回も「金井喜久子生誕100年演奏会によせて」を3回にわたって掲載した。
 今回の演奏会の成功は、沖縄音楽の母・ 金井喜久子が残した、その業績に見合う気運を地元に根付かせたということで、測り知れない意義がある。沖縄交響楽団にも、金井喜久子の管弦楽曲をオケのレパートリーとして広く島外に発信して行こう、という気運が生まれつつあると聞く。今後演奏を重ねる事により、将来「金井喜久子の作品は、沖響の演奏以外は考えられない」という評価を得られるようになる事を、心から願ってやまない。

「金井喜久子 生誕100年記念演奏会」
」 日時 2007年7月1日 (日) 14:00 開演
」 会場 沖縄県・浦添市てだこホール (4月28日オープン)
」 主催 浦添市てだこホール 」 共催 沖縄宮古郷友連合会、琉球新報社 
」 後援 浦添市教育委員会 」 協力 日本トランスオーシャン航空株式会社
」 プログラム
 1. 混声合唱「八月十五夜の茶屋」メモリアル
   「ましゅんく」「かなよー」「安里屋ユンタ」(泉 惠徳指揮/合同合唱団)
 2. ピアノ五重奏曲 (ピアノ/外間 三千代、沖縄交響楽団メンバー)
 3. バレエ音楽「龍神祭り」序曲、「琉球カチャーシー」(ピアノ/高良 仁美)
 4. 「東西東西」「松の下小唄」「ふるさと」(テノール/泉 惠徳)
   「てぃんさぐの花」「ハイビスカス」「宮古の子守唄」「さても常夏」(ソプラノ/砂川 涼子)
 5. 交響詩曲「宇留間の詩」、「琉球舞踊組曲第2番」 (高良 健作・指揮/沖縄交響楽団)

★金井喜久子 生誕百周年記念演奏会 in 宮古島

 (2006.11.25)  


「じんじん」「花の風車」「てぃんさぐの花」「お祭り」を歌う、みやこ少年少女合唱団


「琉球奇想組曲」「沖縄舞踏組曲」を演奏する富原守哉指揮/沖縄交響楽団


 2006年11月25日 宮古島市・マティダ市民劇場において、金井喜久子生誕百年を記念するコンサートが開催されました。
このコンサートは宮古島市が主催し、市長の伊志嶺亮さんが実行委員長に就任され、金井喜久子さんのご子息の弘志さんをはじめ、金井喜久子さんの音楽を敬愛する地元沖縄の数多くの皆さんによって1年以上も前から周到に準備されて来ただけあって、コンサートの内容は企画・演奏とも充実したものでした。

 コンサートは地元宮古高校のブラスバンドによる本土復帰を記念して作曲された祝典序曲「飛翔」で幕を開けました。
続いて特別ゲストとして沖縄出身の日本を代表するテノール・平良栄一さんをはじめ、元NHK交響楽団首席フルート奏者・宮本明恭さんや、金井喜久子さんの全ピアノ作品のCDを発表された高良仁美さんなど豪華な顔ぶれが続々と登場し、「琉球譚詩曲」「鳩間節」「めでたい節」「てぃんさぐの花変奏曲」「琉球カチャーシー」など、金井喜久子さんの名曲が披露されました。平良さんの陽気な歌には手拍子やブラボーの声があがり、会場はたちまち暖かい雰囲気に包まれていったのです。

 休憩を挟み、第2部はまず地元宮古の子供たちによる児童合唱と大人の混声合唱が披露されましたが、童謡「じんじん」「てぃんさぐの花」「ひめゆりの塔」を歌うメンバーの歌声には金井さんの音楽に対する共感が満ちあふれ、たいそう素晴らしいものでした。
 コンサートのフィナーレは沖縄本島から駆け付けた総勢五十数名の沖縄交響楽団の演奏でした。
金井喜久子さんの管弦楽作品のなかでも最も沖縄色が溢れた「琉球奇想組曲」(「空手」を除く2曲)と「沖縄舞踊組曲」が、富原守哉さんの指揮で演奏されました。「ちょっと指揮台の上で踊って来るよ」と言い残して舞台に上がったという富原さんの指揮はまさに自由奔放の極みで、沖縄人しか表現出来ないと思われる独特のリズム感、そしてアゴーギクの大胆さなど、たいそう聞きごたえ、そして見ごたえ (!) がありました。
「すごいね!!  素晴らしいね・・・」
アンコールのあと、すぐ後ろの席にいたおばさんが思わずつぶやいたその声を、私は今も忘れられません。

 コンサート終了後、会場内で催された打ち上げ会では、伊志嶺市長はじめ出演者の皆さんたちが次々に挨拶に立ち、郷土が誇る作曲家・金井喜久子さんの音楽をこれからも宮古からどんどん全国に発信して行こうという気運が、会場一杯に満ち溢れました。具体的には来年6月24日に、今度は沖縄本島で金井喜久子さんの生誕百年記念コンサートが開催されることが決定しており、また管弦楽作品のCD化の動きもあるなど、今後金井喜久子さんの音楽を身近に聴く機会がどんどん増えつつあるようで、まことに嬉しい限りです。なお近々、金井喜久子さんは宮古島市の「名誉市民」に推挙されるということです。

 ところで今回のコンサートの数日前から、地元琉球新報に「ニライの歌」〜金井喜久子生誕100年に寄せてと題した特集記事が、4回に亘って掲載されました。その執筆者の顔ぶれを次にご紹介します。
 まず第1回は民族音楽研究家で金井喜久子さんの音楽にも造詣が深く、2007年の沖縄本島でのコンサートに尽力されている比嘉悦子さん、第2回が2006年9月30日に愛知県芸術劇場で金井喜久子さん生誕100年記念コンサートを実現された名古屋音楽大学教授の照喜名一男さん、第3回が金井喜久子全ピアノ作品のCDをリリースされたピアニストの高良仁美さん、そして第4回が日本の作曲家による作品についてその驚異的な情報収集力と分析力を誇る音楽評論家・片山杜秀さんという錚々たる顔ぶれで、内容もたいそう充実しており、沖縄だけでなく是非全ての金井音楽ファン・日本の作曲家ファンに読んでいただけるよう、琉球新報にはこの特集をインターネットで公表されるなどの策を講じていただきたい、と心から思います。 (岡崎隆)


【記念演奏会/曲目】
1. 吹奏楽
  祝典序曲「飛翔」        長浜 隆/宮古高等学校吹奏楽部
2. ゲスト演奏   
  琉球譚詩曲           
  「豆が花」「東西東西」「鳩間節」「めでたい節」
  「てぃんさぐの花」変奏曲 
  「哀愁」〜愛の雨傘による変奏曲
  「宮古の子守唄」「谷茶前の浜」「ハーリュー舟」
  琉球カチャーシー  

 高良 仁美 (ピアノ)、平良 栄一 (テノール)、 宮本 明恭 (フルート)
3. 合唱
  「じんじん」「花の風車」「てぃんさぐの花」「お祭り」
  宮国 貴子/みやこ少年少女合唱団、根間 理香子 (ピアノ) 上原 留美子 (パーカッション)
  「ひめゆりの塔」「世や治れ(豊年の歌)」
  洲鎌 律子/宮古島混声合唱団 幸地 義雄 (ピアノ)
4. オーケストラ演奏
  琉球奇想組曲より〜「巫女の踊り」「豊年踊り」
  沖縄舞踊組曲 (「月夜の踊り」「むんじゅる笠」「鳩間島の踊り」)
   富原 守哉/沖縄交響楽団


★金井喜久子生誕100周年記念演奏会in名古屋

 (2006.9.30)

 

 2006年9月30日 (土)、愛知県立芸術劇場コンサートホールにおいて「金井喜久子生誕100周年記念演奏会」が開催された。当日のプログラムは以下の通り。

2006年9月30日 (土) 13:00開演 愛知県芸術劇場コンサートホール
(プログラム)
※ピアノ・フルート作品
  琉球カチヤーシー (ピアノ/藤本 真実)
  てぃんさぐの花変奏曲 (フルート/宮本 明恭, ピアノ/藤本 真実)

※沖縄のわらべ唄 (海部少年少女合唱団/弦楽合奏)
  黄金燈、じんじん、宮古の子守唄 他

※オーケストラ作品 (海部交響楽団)
  交響詩曲「梯梧の花咲く琉球」(1946)
  沖縄奇想組曲 (豊年踊り、巫女の踊り、鳩間島の踊り)

合唱作品 (女声合唱/オーケストラ)
  だんじゅかりゆし、谷茶前の浜、木やり唄、ふるさと 他

 指揮/照喜名 一男、フルート/宮本 明恭 (特別出演), ピアノ/藤本 真実
 前売券 2,000円 当日券 2,500円

 ついに実現してしまいました!! 「金井喜久子生誕100年記念演奏会in名古屋」
9月30日、愛知県芸術劇場コンサートホールには、何と1400名もの皆さんが訪れて下さいました。
「どーせガラガラだと思ったら、なんだぁ、チョー満員だにゃあかっ!! 」名古屋弁丸出しでボヤクおじさん、沖縄民謡の陽気でリズミックな旋律に思わず身体を揺らす子供たち、けたたましく泣き出す赤ちゃん、当たり前のようにお菓子をパクつくおばさんにあわてて駆け寄る案内員などなど、いつもの芸文の雰囲気とは異なった会場いっぱいに沖縄音楽の美しい響きが満ち溢れ、演奏会は大成功のうちにその幕を閉じました。

 実はこのコンサート、数年前に私が矢場町のパルコで「金井喜久子/母と子の沖縄のうた、交響曲第1番ハ短調」 というCDを見つけなかったら・・・・実現しなかったのです。
 女性による日本で初めての交響曲の1940年の初演の模様を収録したこのCDを聴いて、私は沖縄・宮古島出身の作曲家・金井喜久子さんに大きな関心を抱きました。実は私は、戦前を中心とした日本の作曲家による管弦楽曲の研究・演奏譜作成をライフワークにしており、すぐに金井家に「金井喜久子さんの管弦楽曲の自筆譜を見せて下さい! そして現在演奏譜のないものがあれば、是非作らせてください!」という主旨の手紙を書きました。
「何か、訳のわからぬ奴が、変な手紙をよこして来たな・・・」金井喜久子さんのご長男・弘志さんは、当初そう思われたそうです。しかし、見ず知らずの私を快くご自宅にお招きくださり、金井喜久子さんの自筆譜の全てを閲覧させて下さいました。
 その時に紹介していただいたのが、昭和21年に作曲された交響詩曲「梯梧の花咲く琉球」でした。 
戦争で深く傷ついた故郷・沖縄の人々の復興のために何か出来る事をしたい、という金井喜久子さんの熱い思いが込められたこの曲は、本当に素晴らしい作品でした。
 演奏譜完成後、私はこの「梯梧の花咲く琉球」を実際に演奏してくださる方を、夢中になって捜しました。そうして出会ったのが、私の大学時代の先輩にあたる名古屋音楽大学教授・照喜名一男さんでした。照喜名さんは初めて「梯梧の花咲く琉球」のスコアを見た時、体中に鳥肌が立つのを感じたということです。
 2005年、照喜名さん指揮する海部交響楽団により「梯梧の花咲く琉球」は初演以来、実に60年ぶりに再演されました。その打ち上げの際金井弘志さんから「翌年が母親の生誕100年にあたる」ということを聞いた照喜名さんは「じゃ、来年は名古屋で金井喜久子さんの生誕100年記念演奏会をやりましょう。栄の芸文で! 」と、事も無げに言い出されました。私はただただビックリ。
 しかし照喜名さんは、ものの見事に実現してしまったのです・・・・謙虚でいつもニコニコと笑顔を絶やさず、しかし「これ」と思い立ったらそれこそ猪突猛進で突き進む照喜名さんの生き様に、1959年に突然「歌舞伎座でオペラを上演することになったから」と宣言し、当時誰もなし得なかったこの事業を見事実現に漕ぎ着けてしまった金井喜久子さんのお姿とを、私はふとダブらせてしまいました。人と人との出会いの素晴らしさ、またそれを導いてくれた音楽の素晴らしさを私は、今あらためて実感しています。
 余談ですが照喜名さんは京都生まれの名古屋育ちで、ルーツは沖縄にあるものの、ご自身は沖縄で生活されたことはありません。しかし氏は、見るからに「沖縄人」という風貌をしておられます。照喜名さんが沖縄に行かれた時、タクシーの運転手に「愛知県から来ました」と言ったところ、「ウソでしょう! あんたは沖縄の顔をしとる」と言われたということです。

 最後に・・・このコンサート実現のために尽力して下さった数多くの皆様に、ここに心からお礼を申し上げます。
本当にありがとうございました!!!  (2006.10.1/岡崎 隆)

★60年ぶりに響いた「梯梧の花咲く琉球」
海部交響楽団 (愛知県) 定期演奏会報告

(2005.3.6)

 金井喜久子さんの「梯梧の花咲く琉球」(1946) が2005年3月6日、愛知県の海部交響楽団の定期演奏会 (美和町文化会館) において、昭和22年の日響 (現N響) による初演以来、実に約60年ぶりに演奏されました。
 当日の会場には愛知県在住の沖縄出身者の方々や、金井喜久子さんのご子息・金井弘志さんご夫妻も駆け付け、満席の聴衆の期待の中「梯梧の花咲く琉球」はコンサート冒頭と、アンコールの計2回演奏されたのです。
 冒頭のスフォルツァンドの和音のあと、ヴィオラとチェロで奏でられるメロディーが現れるや否や、美和町のホールは一瞬のうちに沖縄の世界に誘われ、弦のピチカートに乗ってイングリッシュ・ホルンによる切なくも美しいメロディーや、アレグロの打楽器も実に効果的で、オーケストラの鳴りのバランスも良く、何よりストリングスによる沖縄独特の旋律の魅力は比類がなく、華々しいフィナーレまで一気に聴かせました。ある沖縄出身者の方など、目にいっぱい涙を浮かべながら聴いておられたということです。

 今回のコンサートでこの「梯梧の花咲く琉球」を演奏するために尽力された照喜名一男氏は、この曲のフルスコアを初めて目にした時、同じ沖縄にルーツを持つ者として全身に鳥肌がたつのを感じたと言っておられました。「沖縄の人々のために、何か出来ることはないだろうか」と常日頃思っておられたという照喜名氏の終演後の表情は、実に清々しいものでした。
 また海部交響楽団の楽員の皆さんも、本当に親身にこの曲の演奏に取組んでくださいました。
曲に対する楽員・聴衆双方の評判もよく、「メロディーを聴いた瞬間、沖縄の澄みきった青空を思い出しました」「終戦直後のあの暗い時代に、このような生き生きとした明るい作品が産み出されたという事実を知って驚きました。戦争にうちひしがれた人々を何とか元気づけたい、という金井喜久子さんの思いを曲から感じ、胸がいっぱいになりました」「今度はブラスバンドに編曲して、指導している高校で演奏したいです」などなど、実に嬉しいお声を多数いただきました。何より、コンサート・マスターの方が「本当に美しい素敵な曲ですね」と言ってくださったのが印象的でした。

 来年は金井喜久子さんの生誕100年を迎えます。今回の「梯梧の花咲く琉球」の再演が、金井作品の新たな演奏史の始まりとなることを、私は心から願ってやみません。 (3.6/岡崎隆)

 (海部交響楽団ホームページ)