日本の作曲家たち/15  近衛秀麿

                            (1898.11.18 〜 1973.6.2)

                       (2021.10.8更新)


    本文では近衛秀麿氏他の敬称を一部略させていただいております。悪しからずご了承ください。

 わが国音楽界伝説の巨匠・近衛秀麿氏 (親方) は「越天楽」の編曲でよく知られていますが、このページではまず近衛氏の指揮者としての側面を中心に記させていただきます。
近衛秀麿について知りたい方、こちらまで


 リズムの呪縛からの開放 〜 親方の「トゥオネラ」

                           
 妻が同窓会出席のため、東京へ2泊3日で出かけることになった。
私は久々の「自由な時間」を喜んだのも束の間、2日めにはもう時間を持て余し、近所のBOOK-OFFに出かけた。
100円の本をしこたま買い込み (「マルトー 〜 大作曲家たちを虜にした世紀の大ヴァイオリニスト」も100円 ! やったね。)、そのあとCDコーナーへと向かった。
ここにはまず、これといったCDには出会ったためしがない。この時も「何もないなー」と帰りかけた、その時だ。
セット物なのに「980円」と値段が付けられたアルバムを見つけたのだ。



 ジャケットには「珠玉の名曲アルバム」とある。
「ああ、また通俗曲をドチャッと入れた、一般大衆向きのCDだな」と思った。イラストも、いかにもそれらしい。
ビニールでしっかりと封がしてあったため、曲目や演奏者は全く分からなかった。
ても・・・5枚組みで980円ということは、1枚200円足らずだ。
せっかく来店したのに何も買わずに帰るのも寂しいので、ついついカートに放り込んでしまった。
このようにしてたまったCDが、いつしか天井にまで届き、その重さで家屋崩壊の危機に瀕しているというのに。
 帰りの車の中でビニールをはがし、曲目と演奏者をチラッと見た。 
ガッカリした。 日本の演奏者だったのだ。 しかも録音年代も1970年前後と古い。
「あーぁ、また「安物買いの銭失い」をしてしまったなあ・・・」
でもせっかく購入したので、無作為に1枚を抽出し、カーオーディオに入れてみた。
演奏、録音が意外にいい。
そのうち、シベリウスの「トゥオネラの白鳥」の弦楽器が流れ出した時、私の耳は音に釘付けになった。

何と人間的なシベリウスだろう!

フレーズの一つ一つに意味が込められ、何よりも「リズム」に縛られていないのが素晴らしい。
近年の演奏は、すぐ「次へ、次へ」と行きたがり過ぎると思う。そこに私は指揮者の姑息な「作り物」を感じてしまい、音楽に没入出来ないケースが多いのだ。
しかしこの「トゥオネラ」には、そうしたリズムの呪縛がない。音楽は抑揚に任せ、あくまで自然に、自然に流れる。
コールアングレ奏者の「歌心」も、本当に素晴らしい。当時の日本に、こんな上手い管楽器奏者がいたなんて・・・。
これほど心にぐいぐいと染み込んで来るシベリウス聴いたのは初めてだった。
それまで聴いて来たすべての録音を、もう聴きたく無くなるくらい、素晴らしい演奏だった。
 「演奏してるのは、一体誰?」
私は車を道の脇に止め、ジャケットを見てみた。 「近衛秀麿指揮/フィルハーモニア交響楽団」と書いてあった。

 「オヤカタ !!」

 私は懐かしさと嬉しさとで、胸が一杯になった。そして、なぜこの演奏が「リズムの呪縛」を感じさせないのか、という原因が解ったような気がした。
近衛氏が編曲した「越天楽」は、西洋的リズム感では計り知れない、大きな大きな地球の呼吸を感じさせる作品だ。
テンポの呪縛から開放された近衛氏の「トゥオネラ」は、私に「地球の呼吸」と「いのち」とを教えてくれたのである。

それにしても「フィルハーモニア交響楽団」って、いったい何? 「フィルハーモニア管弦楽団」なら、クラシック・ファンで知らない者はいないけど・・・
おそらく東京の「寄せ集め」のオーケストラか、既存のオケが録音会社の権利関係などで別名を使っていたのではないか。
この録音は1960年代後半に行われたと思われる。その10年くらい後、名匠・渡邊暁雄氏が名古屋フィルに来演された時、東京からコールアングレのエキストラ奏者が加わった。その方のソロも本当に素晴らしく、まだまだ未熟だった我がオケが、いっぺんにトップ・オーケストラに変身した。

「ひょっとして、あの時と同じコールアングレ奏者?」

私の耳はいつしか、30年以上も昔のヤマハ・ホール (名フィル練習場) にタイムスリップしていた。


 近衛/読響のステレオ録音


 近衛氏はステレオ初期、音楽鑑賞教材向きの通俗名曲を複数のレーベルに多数録音している。
学研が創設間もない読売日本交響楽団を使い、LPの名曲シリーズ用に録音した「運命」「第九」「新世界」などは、後に「PLATZ」なるレーベルで4枚組のCDセットになっている。

「近衛秀麿の世界」(PLATZ/PLCC-650〜3)

(収録曲=「運命」「未完成」「田園」「エグモント」「第九」「新世界」「モルダウ」 1968年録音)

 私はこのCDを20年ほど前、名古屋のバナナレコードで僅か1,200円で購入した。バーゲン・コーナーで寂しそうに残っていたのだ。
現在は廃盤でプレミアも付いているらしいが、最近、近衛氏についての本 (日本のオーケストラを作った男/大野 芳・著/講談社) も出版されているため、そのうち「巌本真理SQ/日本の弦楽四重奏」のように、タワーあたりで再発売されるのではないだろうか。
なおこの録音で使用されている楽譜は全て「近衛版」で、なかでも「第九」は特に素晴らしかった記憶がある。
当時読響の首席コントラバスをつとめていた私の師匠は、「親方」の指揮の魅力をよく語ってくれたものだ。
この「第九」近衛版のスコアは京都大学交響楽団に保管されていたが、火災で全て失われてしまった事を、私は最近になって知った。
ショックで、一日中憂鬱な気分でいたことをよく覚えている。
なぜなら、親方が京大のオーケストラを指揮していた頃を、京都で大学生活を送っていた私は、記憶の端にしっかりと留めていたからである。
 「ふるとめんくらう」と評された親方晩年の指揮姿



 京大オーケストラの「親方」

 京都・東大路通を北上し、熊野神社前 (現在は「東大路丸太町」などという、味気ない名前になっている) を過ぎ、「近衛通」交差点を過ぎると、(かつては)「京大交響楽団」と大きく書かれた看板が掲げられた、古めかしい木造平家建てが目に入った。
京都のオーケストラ史を一人で背負ってきたかのようなこの建物は、実は当時、他の大学オーケストラ・メンバー羨望の的だったのだ。
1960年代の終り頃、私は京都府立医大のオケ仲間と共に、この京大オケBOXへの潜入を試みたことがある。
BOXに行くには、湿気の多い草深い道を歩かねばならない。ようやく入り口に辿り着いた時、中から得も言われぬ美しいメロデーが流れ出て来た。
見ると、弦楽器奏者がドヴォルザークの「アメリカ」第2楽章を練習しているところだった。
「うまいッ、上手すぎる! 」
そう思った時、メムバーの前に背丈が180センチもあろうかという老人がいることに気がついた。
それが近衛秀麿氏・・・「親方」だった。
当時は私たち下っ端の若者でも、朝比奈氏を「オッサン」、近衛氏を「親方」と呼んでいた。
「アメリカ」は弦楽四重奏だから通常指揮はいらないのだが、親方はゆったりと右手を動かしていた。
その動きには、ほとんどリズムの「点」が感じられなかった。
親方の顔は、夢見るように彷徨っていた。
私は、生まれて初めて「音楽を生み出すための指揮」に巡り会ったような気がした。
BOXの中には戦前のものと思われる古めかしいポスターが所狭しと貼られ、長い長い歴史の重みを放っていた。
あの素晴らしいBOXが、すべて火事で燃えてしまったのだ !!

 後日、親方指揮する京大オケの定期演奏会を聴くため、私はオケ仲間と京都会館第一ホールに出かけた。
その時のプログラムでよく覚えているのは、ブラームスのヴァイオリン・コンツェルト (独奏/外山滋)、それにモーツァルトの「ジュピター」だ。
クラリネットの入った近衛版の「ジュピター」は、とても暖かい響きだった。
「今日クラリネットを吹いた奏者は、生涯ただ一度の「ジュピター」演奏に、感慨もひとしおだったことだろう」みたいなことが、たしかプログラムに書かれていた。
あの近衛版「ジュピター」の譜面も、もうこの世に存在しないのだろうか・・・・。  

 親方の指揮 / ふるとめんくらう ??



 私は親方の指揮を何度か見て漠然と覚えているのは、いわゆる「トーサイ的」な「タタキ」や「シャクリ」のメカニックさとは無縁の、もっと大らかで空気感の溢れる要素だ。
 あるオーケストラでのリハーサル時、「先生、この部分の指揮がよく分からないのですが」という質問を受けた親方、「あなた、指揮なんて見るもんじゃないですよ」と堂々と答えたというのは、余りにも有名なエピソードだ。けだし親方の音楽感を表したもの、と言えまいか。

 親方は何度もベルリン・フィルを指揮したが、留学中の貴志康一がムチャクチャ羨ましがったという。
ベルリンpo.との録音も複数存在し、モーツァルト/協奏交響曲K.297b、(OPUS蔵/OPK-7015)は現在も入手可能。
同じCDに収録されているカラヤンの西洋的な洗練されたリズム感との齟齬を遺憾なく楽しめる名盤だ。
90年代の終りにムソルグスキー/はげ山の一夜、ハイドン/交響曲第91番のCDが出ていた (ポリグラム POCG-6072) が、現在では入手困難か。
またコロンビア・ヴィンテージ・コレクション「伝説の名演奏家たち」(COCQ-84696-7)の中に、わが新響を振ったスッペ/喜歌劇「詩人と農夫」序曲が含まれており、冒頭部分のチェロ・ソロを弾いているのは齋藤秀雄 (!) なんていう珍品もある。
ただ残念ながらこの録音はトーサイ氏にとり、あまり名誉なものではないかも知れない。





   (2014.7 岡崎 隆)


 近衛氏が「近衛交響楽団」を指揮した貴重な「運命」
(筑摩書房/昭和37年・刊 ソノシート5枚組)


 (近衛交響楽団を指揮する近衛氏。 この写真が私の京大オケでの印象に最も近い)

 雅楽「越天楽」スコア表紙

  (A.チェレプニン・刊 何と優雅な、時代を感じさせる表紙だろう ! )


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