『夢のかけら 〜BITTER CREEK (後編)〜 』


 暴れて、もがいているうちに、どうだ、わかったろうと言わんばかりにあっけなく水が僕を解放した。
いきなり金縛りが解けたみたいな状態になり、僕は泥水の中から、はね起きた。

ひどくせきこみすぎて(あとちょっと悔しくて)、僕は涙目になっていた。
水は、すでに腰の上まで上がってきていた。これ以上水の流れが速くなると、立っていられない人が続出しそうだ。 この状況を何とかしなくてはいけないのだけれど、水の流れは意思を持っているようだ。
いや、それとも・・?
この水流自体が、あの神のような老人の魔法かもしれない。

「あくまでも従わぬというのか・・・。」
・・・答えによっては、また水が・・・?
僕は、大声で叫んだ。
「どのような理由があるにしろ、人を苦しめたりするあなたなどには、従わないっ。」

あの気配だ!・・水が動く・・あの感じ。
今度は、反射的に僕は跳躍した。
4メートルくらい上に跳ね、身体をひねって確認する。
僕の立っていた場所には巨大な水の渦ができている。
この洪水は、やはりこの老人の、おそらく・・魔法でできていたんだ・・・。
なぜ、僕や、一部の人を苦しめていたんだろう・・?
選別に・・どんな理由があるにしろ・・。
やはり許せない。
僕は、誰も立っていない岩の上に降りたった。

僕をつかまえそこなった水の尖兵が、むなしく空をつかむ様がミルク・クラウンみたいだと思う位、 落ち着いてきた。
でも、どうやって、非情な選別をやめさせる?
どうやって流れの中の人たちを救出すればいいんだ?

いきなり、頭の中で声がした。
・・・リュウヲ、ツカッテミレバイイノニ・・・
さきほど僕を傲慢だと責めていたのと、同じ声のようだった。
頭の中にイメージが湧き出た。 龍が水を飲み干す?イメージだ。

「確かに水を飲み干すなら・・」とつぶやいただけなのに、いきなり僕の前方1メートルくらいのところに、ホロスコープのような輪が現れた。
と思うと・・・。
その輪の中から、赤みを帯びた龍が出現してきた。大きさは、ちょうど2階建ての家くらいに見えた。

老人は驚いた風だったが、まったく動揺はしていなかった・・・。
「下等な炎龍を隠し持ち、審問で使おうというのか・・・」

炎龍・・・炎系のドラゴンが、下等・・・だって?何故か、すごく腹が立った。
でもまさか僕が龍を喚びだしたわけではない・・と思うのに。
僕はただ、・・・声に反応しただけだ。
・・・でも、シンモンって何だ?だが、それを考えるヒマはなかった。

龍は水を飲み始めたのだが、さらに巨大化して、次に暗紫色の煙まじりの炎をいきなり吐いた。
しかも、誰彼かまわずに攻撃しようと思ったらしい。
巨体の割には器用に方向を変え、人々の方、さらには老人の方へ向いた。
あちこちから悲鳴が聞こえた。
「これはただの炎龍じゃないっ、暗黒の龍だっ」
「ダークエルフガルトのっ?!」

水が、龍の前に壁状にせりあがっていき、もみあいはじめた。

さっきより状況は悪くなってしまった・・・!
人々が、龍と水の争う流れに巻き込まれてしまいそうになっている。
どうしよう・・・。どうすればいいんだ・・?
僕はあわてて龍を追って、ひとつ岩を飛び越した。

と、その時。
僕の前に、黒い甲冑の騎士が立ちはだかった。
剣をまだ抜き払ってもいないが、喉元につきつけられているような、恐ろしいほどの威圧感だ。
「龍をおさめろ。老師を攻撃する気なら、もはや・・・容赦はしない。」
静かな声だったが、逆にそれで彼の強さがわかるような気がした。

「僕は、誰も攻撃したいわけじゃない。・・・僕はただ・・」
龍の出現は、僕のせいなのか・・?・・
僕はただ、誰かを助けたいと願っただけだ。

ゴーマンナンダヨ、ソレガ・・・頭の中で、さっきからの声が僕を責める。
黒い甲冑の騎士の声ではないらしい、しかも彼には声が聞こえてないようだ・・。

「ただ、何だ・・・?」と黒い甲冑の騎士に問いつめられ、答えようとしたが、彼のはるか後方にいる龍が、逃げ遅れていた人をついに追いつめたように見えた。

「・・・どいてっ!」
斬り捨てられても、かまわないっ。
僕は、騎士のそばを夢中で走り抜けた。
走りながら、僕は心の中でわめいていた。

そうだ、僕のせいなのだ・・。龍の出現だって・・・きっと。
あの老人のように、自在に何かをする力など、僕にはない。
無力なくせに、いつも何かを必死に望んでいる。
無力なくせに、変な自負心というか、プライドだけが、ある。
それが空回りして、状況をいつも悪化させる。
ふだん努力なんてしてこなかったくせに、いきなり修羅場で
力を発揮しようなんて、本当に傲慢だよな。
・・・だけど、やはり見過ごすこともできない。

素直に「お願い」をしつづけた方が、良かったのだろうか。
人々は、それで助かったのだろうか。
幼いころ、神様に「僕の命をあげますから、コロを死なせないでください。」 と祈ったように・・・。
祈りなんて。願いなんて。
届かなかった・・。どんなに手を伸ばしても!

とっさに僕は誰かの盾になることしか・・・願えなかったらしい。
呪文の言葉が、勝手に脳裏に浮かんでくる。
僕は、それを詠唱していた・・。
「・・・輝く真実の鏡にこの身を代えて、・・・浄きものの盾とならん、ミラージュ!!」

次の瞬間、どうやって飛びこしたのかわからないけど、僕は追いすがっていたはずの龍のまっ正面に浮いていた。
口のそばだったから、地上6mといったところか。龍がカッと赤い口をあけた時によけきれず、僕の左足にヤツの牙がひっかかりかけ、血の飛沫が散った。
痛い!僕は、右足でヤツの口の端を蹴った。
怒った龍の炎をまともにくらって、自分がそのまま落ちていくのがわかった。
全身が焼け付くような痛みのせいで気は失わないものの、体勢のたて直しがきかない・・。

完璧に僕はのびていた。意識はあるけど、すべての筋肉がこわばり、死体になったような気持ちで、ただ落ちていく・・・。眼ももう開けられない・・。
そういえば、龍の気配も、人々のざわめきもすべてが、いきなり消えたような気がした。
それとも、耳も聞こえなくなったのか・・?
意識が・・遠のく・・。


―――気がついてからも、まだ闇が続いていた。
僕は、死んでしまったのだろうか。やはり目はおろか、全身が動かない。 だけど、何か寝台のようなところに寝かされていることは分かった。
どこか広い部屋・・・?そばに何人かの人の気配がする。

僕の一番そばにいた人間が口を開いた。
「・・・何とか大丈夫のようです。・・・まったく無茶くちゃなことを。」
「シルベスターよ、ご苦労だったな。そこまで回復魔法を上達させていたとは・・・。」
先ほどの老人の声が、遠くから彼をねぎらっている。先ほどとは違い、おだやかな声だった。

さらに別の声がした。
「私の力では、行動を制御することはできませんでした。老師が魔法で受け止めてくださらねば・・・そのまま命を落とさせるところでした。・・申し訳ありません。」
それは、どこかで聞いた覚えのある声だった・・。確か・・。

「いや、ルディ・・・構わぬ。私も予測できなんだ。まさかお前の魔法力を持ってしても、とどめることができぬほど、大暴れするとは、のぅ。魔界の龍を召喚した事もだが、まさかあの純白の宝珠(オーブ)を持たずに、この者のレヴェルで『鏡の盾』を使おうとは・・。」
老師と呼ばれた老人とやりとりをしているのは、やはりルディだった。彼とは、何度も夢の中で逢ったことがある・・。
「魔法力(マジックポイント)が不足しているので、とっさに自分の生命力(ライフポイント)をもすべてかけて魔法を行使したようですが。」とルディが答えた。

「・・・暗黒龍の攻撃をすべて跳ね返せるかどうかすら、考えても見ないのだからな・・。審問がイリュージョン(幻)の戦闘でなされることを知らぬとは言え、かなり混乱していたようだ・・・。」老師が答えた。

イリュージョンだって?あれはすべて幻だったのか?
洪水の魔法だけでなく・・・?逃げまどう人々も・・・?

審問って何なんだ?・・僕が、試されていたって事か?
・・・僕は真剣に悩んでいたのに。
一生懸命にあがいていた自分は、まるで大馬鹿ものじゃないか。老師と呼ばれている老人を始めとして、ここにいる人みんなで僕を試していたというのか。
いったい、どんな権利があって・・・。
僕はさきほど一生懸命だった分、腹の底から怒りを感じていた。
彼らに対しても。そして、自分自身に対しても。
声を限りにどなってやりたかったが、まったく動けないし、声も出せない。

でも、被害にあっている人々も・・・すべて幻だったなら、それはそれでよかった・・・。
どうせ、僕があがいたって何もならなかったのだろうし、誰も苦しんでないのなら・・。

「・・・騎士には向かぬ者ですね。エレナ殿の言った通り、かなりの力を感じはしましたが・・。敵に回せば確かに危険でしょうがね。」今度は、先ほどの黒い装束の騎士の声がした。
どうやら、僕のことを話しているらしいが、冷たい声音だった。

「エドワード殿は、どう思われるのかな・・・。」老師と呼ばれている老人の声。
「少なくとも、姫のおそばに仕えさせることには反対です。エレナ殿が推薦した戦士とは言え、裏切り者の疑いがいまだ晴れていないのですから。」
ルディが、彼をさえぎった。
「エドワード殿、それは、・・ずいぶんな言われようですね。」

遮られたエドワードが不機嫌な様子で、ルディに言いかえしている。
「定められた日に現れず、現れたと思えば、神の塔の結界を破っていた。託されていたはずの宝珠(オーブ)は持っていない。そして今度は、ダークエルフの龍だ・・どう見ても、緑の谷のエルフ族の戦士の行動とは思えぬではないかっ。」

「そうですぞ。」と、また別の声が応じた。
「この者が倒れた途端、暗黒の龍が消えたということはやはり・・・この者は・・・すでにあのザグラーン国にとりこまれているという証拠だ・・。」

「あの時に申し開きが出来なかったのは、記憶を失っていたからじゃないですか。僕は・・・やはりエレナ殿を待つべきかと思うのですが。」最初に発言したシルベスター、らしい。

「おお、そうだ。エレナ殿はいつ・・・」
「まもなくお戻りになるでしょう。入れ違いになるとは知らず、心配して迎えに行ったのですから。」 ルディが答えた。

「わざとエレナ殿と入れ違いに入国したのでは?」先ほど僕がザグラーン国と通じていると言った人の声だ。あくまでも僕を疑っているといった感じだった。
ルディとシルベスターが反論してくれたが、他の者はさらに僕を責めているようだ。
「では、いったい証となる宝珠(オーブ)をどこへやってしまったというのかっ?」
「しかもあの純白の宝珠(オーブ)は・・・勇者アルタクス殿が命を賭して手に入れたもののひとつ・・。アナスタシア姫にどう申し開きをするというのだ。」

「たしかに宝珠(オーブ)を捜さねばなるまい。・・・ザグラーンの狙いのひとつは、そこにあったのだからな。」これはエドワードの声だった。

老師の声が、だんだん僕に近づいてくる。
「そう。・・・むろん、宝珠(オーブ)も放ってはおけぬ。だが、この者をこのままにしておくのは・・・あまりに危険すぎる。・・・力は強大すぎてはならない。そしてそれを統御できないものに、その力を持たしていてはなるまい。・・動けぬ今のうちに・・。」

ルディは僕の側にきていたらしい。声が近く大きく感じた。
「というと、もしや・・・?アトラクシアは、我らが切り札のひとつではございませんか。・・・力を奪ってしまっては宝珠(オーブ)探索など、・・・!」

「・・・力を封印するだけだ、ルディ。すべてをとりあげてしまうわけではない。・・・龍を召喚した時に一番動揺していたのは、・・・この者かもしれぬ。」
「・・・はい、それは・・確かに・・。」
「話は決まったようだな。では・・・」


その時の夢はそこまでだった。

純白の宝珠(オーブ)って何だったのだろう・・・あの水晶玉のことか?
そういえば誰かに「返してくれないか。」と言われたような記憶は、たしかにあった。
それもやはり、夢の中での出来事だったと思う・・。
天の使いのような、細身の青年が僕のそばにいた。
兄のような雰囲気で、やさしい声・・・。

「それは僕のものだったのに・・・お前が持っているんだね。」と彼は言った。
あの青年に渡してしまったのだっけ?
あの青年こそが・・・勇者アルタクス・・?

――過去の夢の思い出に浸っている時間はそこまでだった。大島がさっぱりシャワーあがりって顔をして教室に駆け込んできたからだ。
「シーナ、悪い!・・・白熱した練習試合だったんで、遅くなっちまった。」
僕は、ちょっと意地悪く言ってみた。
「あ、そうそう、めぐみも待ってるんだよ、隠れて。・・・捜してみなよ、教室の中。」

「え・・?」他に誰もいない教室を大島があわてて見回すのが、かなりおかしい。
「・・・嘘だよ〜。今日は熱をだして、アイツ、休みだった!」言いながら、僕は鞄をつかんで教室を出て階段を駆け下りていった。昇降口の傘立てへ突進っ。
大島が、笑いながら追いかけてきた。
「くっそ〜、お前、真顔で嘘をつくんだから・・。ったく、やな奴だぜ。」
でも、ちょっと安心した顔をしてるぜ、大島(笑)。
そのあと結局、僕の家まで一緒に帰った。そう、彼の話を聞くために・・。

(続く)

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