『夢のかけら 〜禁じられた遊び〜 』


「で、結局何の話なんだよ〜。何か話したくて来たんだろ・・?」
雑談ばかりで本題に入らない大島に、とうとう僕は単刀直入に聞いた。
大島はちょっと顔を曇らせて、いかにも言いにくそうな顔になった。
「・・・お前さ、もしかして高橋姫乃とつきあってんの?」
え?いきなり僕の話になるわけ?女の子の名前と『つきあう』という単語を一緒に聞くと、それだけでどぎまぎしてしまう・・。
別に僕は、まだ誰か特定の女の子とつきあいたいなんて、思っていない。
周りでは、そういう話も多く出てきてうらやましく思うけれど、僕は・・。

「・・・え?いや、違うよ〜。全然違う。・・ったく、何だよ、いきなり・・・」
大島が僕の顔をじっと見なければ、こんなに赤くなる必要はないんだけれど・・と考えていたら、大島がぽつんと言った。
「あの子さ、あまりおしゃべりする方じゃないけど、めぐみと同じくらいの人気があるんだよね・・。」
めぐみは、ぶっきらぼうだけどサバサバしていて、男女関係なくフレンドリーな感じだから、あれでけっこうもてているらしい・・。
「・・・え?・・・あ、そうなんだ。」
そういえば、誰だかがひそかにやっていた、女子の人気投票結果かなんかに、2人の名前があったような気がする。
高橋姫乃は、めぐみとは正反対な、おとなしい美人優等生タイプで、メガネの中の瞳が印象的な子なんだ。

「シーナ、めぐみとばかり仲がよかったお前が、最近は高橋姫乃とよく話してたりするじゃん。今日だって、本を貸してもらったりしてたよな・・」 と大島は、僕のかばんを見つめた。
そこに彼女から借りたファンタジーの絵本が入ってるんだろ?って言うように。

「ああ、本は貸してもらったけどさ。図書室に全然戻ってきていない本だから、自分の本を貸してくれただけだよ、図書委員の使命感ってやつじゃない?」
これには、ちょっとばかし嘘も入ってた。僕が借りたくてずっと待っていた本と、高橋姫乃の貸してくれた本とは違う。僕のは、続き物のファンタジーだった。書架で、「何だ、今週も戻ってきてないのか・・。」って捜しながらぶつぶつ言ってていたら、ちょうどそばにいた高橋姫乃が「これも面白いと思うわよ。」と自分の読み終わったという本を貸してくれたのだ。

「ふうん・・。シーナ、高橋とはクラス、一緒になったことなかったはずじゃん。」
「あ、うん。」
「なんで、別のクラスの図書委員とあんなに話をするようになったわけ?」

ドキ・・・なんでってさ・・・。
つまり、え〜と。アレだよ、アレ・・・。恥ずかしいんだよなぁ。あの話は。
大島は、去年の文化週間の時は、風疹か何かで休んでいたんだっけ・・・。
とりあえず、・・ごまかしておくか。

「え?あ、・・・だから・・本だよ。」
「あ、お前、今なんか一瞬笑ったよな。」
うるさいな。本だよ、本だってば。
僕の照れ笑いをにやけていると思ったのか、いきなり大島が真顔になった。

「俺さ、高橋姫乃と話してみたいんだよね・・。・・お前みたく。今日だって本当は・・。」
大島の顔が、ちょっと赤くなった、ような気がする。
何だ、そういうことだったのか・・。自分の鈍さにちょっと呆れた。 ・・・だけど僕は、大島はめぐみのことを好きなんだとずっと思っていたんだけど。
幼稚園の時から、大島はそう言ってたし・・。
突然、全然正反対のタイプの女の子を好きになったりするのかな・・。
大島の照れている顔を見ながら、なんか不思議なような、変な気持ちがした。 親友だと思っていたけど、ほんとは大島のことを全然分かっていなかった、って感じに近いかな・・。
だから、「へぇ、・・・そうなんだ。」というマヌケな答え方をした。

それからもしかしたら、めぐみもショックを受けるかもしれないな・・。とチラっと思ったりもした。 大島はそこまで分かっていて、めぐみのいない時に話をしたかったのかな?、・・それとも実はまったく分かっていないのかな?
大島のことだから、どっちも可能性があるんだよね。
だけど、そんなことはちょっと聞けなかった。

それどころか、高橋姫乃と僕が話すきっかけになった、僕の大失態話をさせられてしまった。
最初は話したくなかったのだけれど、ちょっと罪滅ぼしの気分になったのだ。
というのは、大島が真顔で「これが初恋なのかな・・。」なんて言うのに、僕が思いっきりゲラゲラ笑ってしまったからだ。ちょっと悪いとは思ったんだけどさ、笑いのツボにヒット(こういうのって、なかなか止まらないんだよね)したんだからしょうがないよね。 僕たちの一生懸命なんて角度を変えて見てみれば、お互いにきっとギャクじみているに違いないのだから。

夢のなかの出来事が、もしかしたら異世界の現実なのではないか?と思うきっかけになった話でもあるから、ちょっとオチが恥ずかしいが、一応書いておこう。


―――それは、少し前にさかのぼる。中学1年の11月の始めだった。
文化週間ということで授業をいくつかつぶして、体育館で映画を見る企画があった。学生の投票で選ばれた映画の他、先生の推薦ということで名作(つまり、かなり古い映画)も強制的に(笑)演目に入っていた。
反戦映画という説明がされた、その映画を僕は、ほとんど見ていなかった。眠り込んでしまったのだ。白黒で視にくく、テンポものろいので、寝るつもりがなくてもいつのまにか寝てしまったというのが本当のところだ。
目を開けてみた時は・・。小さな女の子が駅(?)に連れてこられるシーンだった。

女の子を連れてきた人が手続きか何かをするために、女の子のそばを離れる・・・。
どこかで誰かが「・・ミシェル・・!」と呼んでいる。女の子が顔を上げる。
その女の子の名前がミシェルというわけではない。だからその「・・ミシェル・・!」という呼び声に応えようとしたのではなかった。女の子はその呼び声で、同じ『ミシェル』という名前の、彼女にとって大切なひとを思い出したのだ。
そして女の子の唇から「・・ミシェル・・」という名前がこぼれ落ちる。
「・・ミシェル・・!」・・・何度も何度も。自分の中で噛み締めるように。
それから女の子はふらふら立ち上がり、彼女の大切な『ミシェル』を探しに行ってしまう・・・。
危ないじゃないか。戦時の混乱した駅の中で、あの女の子はどうなってしまうだろう?
彼女の大切な『ミシェル』はそこにはいないというのに・・・。
もし、女の子のこの状況を『ミシェル』が知ったなら、彼はすごく心配す・・・・

・・・・!!
その瞬間、何かが僕の中ではじけた。
忘却というカプセルに封じ込められた記憶が、いきなり殻を破って飛び出したような感覚だった。
順を追って説明するのももどかしいくらいに、忘れていた情景が鮮明に形を表した。
同じだ・・。僕は、彼女を、姫を置き去りにしてきてしまったんだ・・・映画の中の女の子と同じように。
ずいぶん前のことのような気がする。すっかり忘れていた・・・!

何たることだ、忘れているということを今になってやっと思い出すなんて。
・・・ショックだなんてものじゃない・・。僕の大切な姫君は、いったいどうなったんだろう・・。
”胸が締め付けられる”という言葉がどういうことを意味するのか、やっと分かった。

「そばにいてあげる」って、約束したのに・・。
「必ず、戻る」って約束したのに・・。
こんなに大切な約束をどうして今日まで忘れ果てていたのか・・。
忘れているという事実さえ、思い出せずに日々をすごしていた。
・・・ということを後悔している気持ちだけが、今のぼくにはっきりしているすべてだった。
だが、たぶん他人が聞いたら笑うだろう・・。その彼女は夢の中にくりかえし断片的に出てくるだけの、お姫様なんだから・・。
僕は、ちょっとおかしいのだろうか・・?
だけど彼女の寂しそうな笑顔は、僕の脳裏のスクリーンに広がったまま消えなかった。

ずいぶん長いこと、彼女を見ていない・・・。それほど忘れていたのだ・・。
会いたい。彼女に会いたい。
危うく、映画の中の小さな女の子のように立ち上がって駆け出してしまいそうな衝動にかられた。
白い馬と共に彼女が立っていた、かつての思い出が映画の1シーンのように思い出される。

どうして僕は今、こんなところにいるんだろう・・。
・・・姫が僕の名を呼ぶ・・・そう、僕は・・。

「しいな!」
・・・そんな名じゃない。僕は、僕の名前は・・。


「おい、椎名、お前・・・!すげー。」
「うわぁ〜、シーナ君て、意外〜♪」

・・・え?え?え〜〜!

気づかないうちに、体育館の中はすっかり明るくなっていた。
映画は、いつのまにか終わっていたらしい。
僕はと言えば、両目から涙が滝のように流れ落ちるのをそのままにしていた状態で、知らない生徒にまで顔を覗き込まれる羽目になっていた。
・・ちょっと変な奴として(くそっ、自分でも泣いていることに気づかなかっただけなんだよっ)。
あわてて拭いたんだけど、なかなか涙は止まらず、声もまともに出ないくらい鼻がつまっていた。
体育館から出る時には先生達も気づき、からかい半分なのか、やたら感激されてしまったのには閉口した。
「椎名と高橋姫乃くらいでしたが、いやぁ、収穫でしたな・・。今時の中一でもこの映画の良さが分かるとは。」
「先生、すみません。実は、僕は視ていないんです。」と言ってやりたいんだけど・・情けないことに鼻はつまっているし、顔も上げられないくらい恥ずかしかった。
教室に戻ってからは、フォークソング部所属の石井が、ビートルズの『ミシェル』をギター片手に僕の席のそばで歌い、やんやの大喝采だった。
僕は苦笑するしかなかった。

噂の有名人扱い(?)も2日ばかりで終ったのでホッとした。その頃、廊下でバッタリ高橋姫乃と会い、一緒くたにからかわれたりしていたのが、大島からみれば、ラッキーな出来事らしいのだけれど・・。

僕はそんなことより、姫のことばかり考えていた。暇さえあれば考え込んでいるので、石井などは、自分が歌を歌ってからかったせいだと勝手に反省してくれていたりした(笑)。

あれから昔見た夢を思いだそうとずいぶん脳味噌をしぼって、ようやく姫の名前は思い出したのだ。偶然同じ名前のお姫様がこちらの世界に実在してくれていたから・・。だが、『僕の名前』はやはり、思い出せなかった。

白い馬の名前はもともと・・記憶に残っていたから知っていた。それも夢の中で覚えたことだけれど・・。
何故か自分で自分を殺そうとしている夢の中で僕はもがいていた・・。
すごく苦しかった・・。
逃れたいと思う一方で、自分が死ぬことが最善の道のようにぼんやり考えていた・・。
だが、誰かが「私の名前を呼べっ」と叫んでいた。どうやら彼を召喚しないといけなかったらしい。
僕がとっさに言った名前はエメラダだった。そして、それが白い馬の名前だったらしい。
せっぱつまった状況で僕がそんなことをするものだから、 その誰か(・・・これは後でルディだと分かった)は「ふざけている場合かっ!」と叫んでいた。

僕の思いだした、アナスタシア姫の出てくる夢はこうだった。
涙をこらえて無理矢理、姫は微笑もうとしていたが、かすかに震えていた・・。
「○○(思い出せない僕の名前)、やはりどうしても・・?」姫が僕を見つめている。
そう、僕は必ず戻ると誓っているところらしい・・。
「私、あなたを騎士に・・・・・」

大切に想う姫を置いて、僕はいったいどこへ何をしに行ったのか・・・。
いや、・・・過去の夢なんてどうでもいい。断片的な夢のかけらなんて、信用できる過去じゃないはずだ。
でも、あの姫君にはもう一度逢いたい。誰かを好きかと問われたとき、何故か真っ先に彼女を鮮明に思い出すのだから・・。
僕はあの姫がまだ、夢の異世界のどこかにいるような気がした。
ただ、まだ僕を待っているかどうかは分からない・・。
もう彼女も僕を忘れてしまっているだろうか?
それでも、・・かまわない。今度こそ・・。
そう、何か彼女のためにしてあげることがあったような気がする。
もしも間に合わなかったとしても、彼女のいる場所へ行きたい。
世界の果てまで行くことになっても・・。
そこがたとえ夢だろうが、異世界だろうが・・かまわない。
待たせ続けた謝罪を、そして・・・。

あの映画を見て(?)以来、僕は固く心に誓った。
だけど自由自在に夢を見られる訳では、もちろんなかった。

(続く)

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