『夢のかけら 〜らせん(前編)〜 』


――あの後大島は大島で、なんだかちょっと僕によそよそしかった・・。
秘密を打ち明けた方と打ち明けられちゃった方って、なんかさ、面はゆいんだよね、それでまた表面上の話しばかりしてたり・・とかさ。
 僕は、高橋姫乃・・さんやめぐみに逢うたびに、ビクビクしちゃったりしていた。
めぐみは、風邪が治った途端に「何か、シーナ、ヘンじゃない?」と突っ込んできたが、とりあえず「いつも変人だと思ってたんだろ?・・違う?」って逃げるしかなかった。
・・・いや、何も僕がこんなにドキドキしなくてもいいんだけど・・・。なるようにしかならないんだし。僕じゃ誰の、何の力にもなれないような気がするし・・。
 また、いつものうるさい位の日常に戻ってきたなと感じ始めていた、あれからそう2週間くらい・・過ぎた頃・・。
僕は夢を見ていた。

少女は、祈りながら泣いているように見えた。僕の愛していた少女だ。
ようやく見つけたんだ・・!

近寄ろうとして僕は、二人を隔てている壁に気づいた。・・・透明の壁。
叩いた。
 少女はかぶりを振った。顔を覆った両手をはずしもしないで。
「アナスタシア!!」
そうだ、僕はもうずっと君の名を呼びたかったんだ・・・こんな風に。
君を思いだした、あの時から・・。

壁なんか、ぶち破ってやる!・・・僕は、必死でその分厚いガラス(?)の壁を叩いた。
何度こぶしでたたいても、ビクともしない透明の壁。
僕の行為に驚いたのか、アナスタシア姫が顔を上げた。
涙があふれている、きれいな瑠璃色の瞳がしっかりと僕を見つめている。
こんな風に彼女の瞳の色や何もかもがくっきりと見えるのは、実は初めてだった。

口を開いたようには見えなかったが、言葉が伝わってくる。
「駄目・・・!・・もうやめて、お願い。」
拒絶?・・・しているのか?・・・僕が、君を忘れていたから・・?
そう思った次の瞬間、なぜか伝わってくる・・・アナスタシア姫の想いが。
違う、彼女は僕のことを心配してくれているのだ。
ずっとそうして・・彼女は僕を心配し続けて、待っていてくれたのだろうか・・。
「ずっと悲しませて、・・・ごめん。でも、今すぐ僕は君のそばに行きたいんだ!・・・」
「私・・・あなたを死なせたくなかった・・。だから、あの騎士の紋章を・・・。」
「え・・・・?」


 彼女の言葉の意味をとらえようとして、僕は目をさましてしまったらしい。自分の部屋の天井が見えた。
何だ、またいつもの夢を見ていたのか・・・。
でも、アナスタシア姫の顔がかなりはっきり見えた。それがうれしかった。
先々週、大島にあの文化週間の話をしたのがよかったのかな・・。
あの、透明の壁って絶対、このあいだの遠足で行った水族館の影響だぞって思うと笑えた。

僕は、今笑ったはずだった・・・・。でも、笑顔にはならなかった。アナスタシア姫のあの表情を忘れられず、僕は心をギュっと掴まれたような感じのままだった。
――僕は、君が頼りに思っていた騎士だったのだ・・(なのに、役目を忘れ果てていた・・・)。
永遠に君を守ると誓った記憶が、おぼろげながらあるような気がした。

『いや違う、こんなの、たかが夢に過ぎないんだ。』
そう、言葉に出そうとしたが、もう無理だった・・・。
僕は、これまでも自分に言い聞かせようと何度も努めてきた。自分がキチガイになっていくような気がしていたので。 あえて大島やめぐみに話して、からかわれてもきた・・。他人に冗談めかして話すことでバランスを保っているつもりだった。
だけど、もう限界だった。アナスタシア姫のことを考えると気が狂いそうだった・・・夢を夢として忘れることはもう、出来ない。
ちょっとづつ取り戻す記憶のような夢が、僕を責めさいなむ。
夢のかけらの一つ一つが、僕の心に突き刺さってくる・・・。

僕が心から呟いた言葉は・・・。

今度こそ間違えないように、君の元に帰る。 ・・・他の全てを犠牲にしても。

・・・だった。 キチガイと言われ、精神病院に入れられてしまってもかまわないような気がしてきた。
たとえ、自分が椎名鷹志に戻れなくなったとしても?
両親や友達が悲しんでくれるかもしれないが、答えはイエスだ。
もしも、こちらの世界で死ぬことで、あちらの世界に戻れる、アナスタシア姫の元に戻れるということが確かなら、僕は即座にこちらでの世界の死を望むだろう。

――今夜の夢はこれで終わりと思ったのに、机の上で何かが光っている・・・。
あんなところに何か置いていたっけ?・・7歳くらいの頃に伯父からもらいそこねた、緑水晶にはめこまれた時計に似ている・・?
緑色の光・・・。だんだん光が大きくなった。
頭の中で誰かが「光を見るな」と言っている。
そうかと思うと、「そちらへ行くな」との声がする。
僕は、自分では動いているつもりはない。だけどふらつきながら、光の方へ進んだ。あるいは、光が大きくなったのかもしれない。
最後は、光の中に僕の身体がやみくもに突っ込んでいった感じだった。


痛い・・・。
全身に何か刺さっているような、ちくちくする痛みだ。ガラスとぶつかって割ってしまったような・・・。

はっとして起きあがったら、石の床だった。そばにらせん階段がある。
どうしてだか、僕の足や手からも血がにじんでいる。 だけど別に、周囲にガラスの破片があったわけではなかった。
一瞬、眼の下にホロスコープのような、緑色の魔法陣が在ったように思ったが、すぐに消えた。
どこか全然わからないが、石で積み上げられた丸みを帯びた塔の内部のような感じだった。
僕は、そばのらせん階段をよろよろとのぼり始めた。
上に行かなくては・・・!とぼんやりながら、思いつめていたからだ。

らせん階段。
あれから、ずいぶん昇ったように思うが、・・・全然先が見えない。
そこで僕はようやく気が付いた。

何段か昇ると、ピンク色の薄布をまとった女性が降りてきて僕とすれ違うのだ。
また何段か昇ると、同じような女性にすれ違う。
そしてまた・・・女性が降りてくる。
同じような女性が・・また降りてくる。
繰り返し、繰り返し、繰り返される光景・・・・ループに入り込んだのか?永遠の?

次にすれ違う女性が、悪魔の微笑を浮かべていそうで、僕はゾッとした。
どれくらい昇ったのか確認してみたかったが、下を覗く勇気もなかった。
通り過ぎていった女性たちが何人も同じように下から覗き返して、同じ顔でニタリと笑いかけそうな気がする。

 何でこんな気味の悪い想像ばかりするんだろうな、僕は。
ふらつく・・。
痛みは我慢できそうに思っていたが、絶望感なのか、目が回りそうだ。
とうとう情けないことに、僕はその場所で座り込んでしまった。
ちょっと休憩すれば・・。だが、もう一度立てるだろうか。
こうやってうずくまっていると、あの女性たち全員にとり囲まれてしまうかもしれない。
そんな心配もあったが、もう顔をあげることすら厭だ。

・・・またいつもの、例のやつかもしれない。
魔法なんだ・・・これは。・・・・結界のなかに、さらに結界が魔法で張られている。
老師や、上位の魔導師の魔法やイリュージョン(幻)の中に囚われて、ただもがいているだけの夢をまた見ているだけなのか。
あやつられたくなくて、あがいても、逃げることすら出来ずに。
お釈迦様の手のひらの上の孫悟空みたいに・・。

今日はまた、ご丁寧に傷もリアルに痛んでいるし、崩れ落ちる寸前だ。
たまには、もっといい夢を・・。
そう思ったときだった。
「・・お前は誰だっ!・・どこへ行こうとしている?神の塔の結界を破るとは・・・いったい・・!」
この怒鳴り声には、聞き覚えがあった・・。

(続く)

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