『夢のかけら 〜らせん(後編)〜 』


「・・お前は誰だっ!・・どこへ行こうとしている?神の塔の結界を破るとは・・・いったい・・!」
この怒鳴り声には、聞き覚えがあった・・。

僕は顔を上げて答えようとしたが、・・・見えない鎖に縛られているように身動きがとれない。
しかも傷の痛みさえなければ、そのまま眠ってしまいそうなくらいに頭がぼんやりとする。

「立てぬか・・。それにしても・・・ひどくやられたようだな・・・」と近づいてくる足、黒いマントの裾だけがぼんやり見えた。
あの洪水の夢の中で会った、黒装束の騎士エドワードだと思った。

「魔法のイリュージョンの恐ろしさを知らなかったのだろうが・・ん?『(らせんの)戦乙女』達にやられた傷ではない・・のか・・?」
がしっとした彼の手が僕の顎の下に差し込まれ、無理矢理に上を向かせられた。
・・・やはりエドワードだった。
もがくことも、うめき声も出せない。

「泥棒・・にしては無謀なヤツだな。目的は何だ?」
僕は答えられなかった。上へ行こうとしていた理由が自分でもよく分からない。
ただ上へ行かねばと思い詰めていたような気がする。
今、この瞬間も、上へ行けない自分が口惜しい・・・口惜しくて仕方がない。泣くつもりなんか全然ないのに、両目からつーっと涙が落ちていった。
エドワードの手の上で、力無く首を横に振るのがやっとだった。

「答えられぬというのか・・・。ザグラーンの者・・・いや、エルフ族だな、弱々しく装ってみても騙されぬぞ。・・・ダークエルフガルトから来たのかっ?」

剣をスラリと鞘から抜いたような気配がする。
そんな音を今まで実際に聞いたことがないはずなのに・・・何だか違和感がない。それどころか、剣の擦れる、そのかすかな音をとてもなつかしく感じる。
昔から、エドワードをよく知っているような感情が、どこか心の底にあったみたいで、僕である、ということに全く気づかないエドワードがおかしいような、そして、それが悲しいような、変な気持ちがした。

「これは、夢なんだよ、エドワード。どうして、そんなにムキに・・。」と言おうかとすら、僕は考える。
だけどそれは、やはり言葉にはならない・・。
僕はただ、力無く彼に支えられているだけで・・・何かがとても変だった。

「答えよっ!」頬に彼の剣があてられたのがわかる。・・・このまま殺されてしまうのかもしれない。
エドに殺されるなんて、すごい結末だったんだな・・むちゃくちゃだ。
よく死ぬ前に「走馬燈のように・・・思い出が。」とか表現されているけど、僕の脳裏をかすめていったのは、エドと肩を並べて、バカ笑いをしている日の僕だった。
そうだ、あの日は、互いの剣を取り替えて打ち合ってみようと言うことになって・・・結局、僕のやわな剣は、彼の暴力的な扱いに耐えられず、折れてしまい・・・そう、そしてバリントン卿に説教されに行く羽目になったところだったんだ。
あの回廊を曲がった角のところには、白ネズミの巣の入り口があって・・・。誰だかのネコがいつもその前でじっと座って狙っていて、おおまたで歩くエドがネコの尻尾をいつも踏んづけそうになる・・・。
エドはその都度、表面とてもネコに怒っているけど、彼がネコに優しいのをみんな知っていた・・・。
僕がこのまま死んで、正体がわかってしまったら、彼がとてもショックを受けるだろう、それはすごくまずいぞ。
・・・・。
・・・?、今の思考・記憶は、いったい何だ?これも夢・・?
だが、ひんやりとした剣の感触はまだそのままで、それがなんだか気持ちいいな・・・。
そうだ、さきほどから、僕の身体はとても熱を帯びていたのだ。
エルフ・・・って?妖精みたいなのだっけ??・・・何故、そんな風に・・。
・・・このまま眠ってしまいそうだ・・・。(いや、逆だな・・この変な夢から醒めるのか・・?)

エドの腕に抱かれたまま、寝るなんてちょっと・・・・やだ。すごくイヤだぞ(笑)、これ。
誰か、何とかしてくれ。エドは気が短いから・・・早く何とかしてくれないと・・。
一瞬、そのまま気を失いかけた・・。だから、次に起こったことはちゃんと目で見えてない。

「エドワード殿っ!!・・・お待ちをっ!」ふいに僕のそばでルディの大きな声がした。
僕の後ろは壁だったはずなのに、壁からぬっと出てきたような感じだった。

「・・・神の塔に侵入者が生じた場合は、裁判なしで処断してもよいはずだったぞ。」エドワードが静かに応じた。 だが、ルディが僕を抱きかかえてかばってしまったので、彼を傷つけまいと、剣をすぐにひいてくれたようだった。
顎だけ持ち上げられていた無理な体勢から、横座りしたままだけど、壁とルディの腕に支えられた体勢に変化して、ちょっと呼吸がラクになった。

「ふだん冷静なお前にしては、ずいぶんなあわてようだな。」エドワードがちょっと皮肉を言うような調子で言った。
「・・・ええ・・・まあ。ともかく、老師様のご意志でもありますので、どうかお待ち下さい。
・・・この者を、我らは探していたのです・・・。そして鏡池に写ったので、すぐに私が。・・・おいっ、しっかりするのだっ。」
僕はルディの腕の中で、声だけ、彼らの会話だけをぐんにゃりとしたまま子守歌のように聞いていた。このまま目を閉じて、眠りたい・・それだけなのだ。
ルディの手が額に置かれ、何か回復魔法をかけてくれているようだ。
ルディは、簡単な魔法なら、呪文を声に出さずとも行使できるので、いつも僕は何も聞き取れなかった。
さきほどの苦しい気分が少し楽になり、また意識がはっきりとしてきた。ぼやけていた、目の焦点が合ってくる。
ああ、本当にルディが目の前にいる・・・。ルディの長衣(ローブ)をひさしぶりに間近で見ているんだ。とうとう帰ってこられたのか・・。

「老師のご意志か・・・。それで・・戦乙女たちは攻撃をしなかったのか?」
「いえ、・・・それは。・・この子は、我らと同じ程度(レヴェル)の宝珠(オーブ)をすでに持っているのです。エレナ殿から託された・・純白の宝珠(オーブ)を。」

「え?・・・では・・・まさか・・この者が?・・・行方不明だった、あの・・」
ルディが手を挙げて、エドワードを制した。
そして僕を支えたまま振り向いて、至近距離で僕を試すかのようにじっと見つめた。
理知的な蒼い瞳・・。ルディは僕を、わかってくれているのだろうか?

「・・・僕が分かるね?・・・・落ち着いて・・・怖くはないだろう。」
僕は、のろのろとうなづいた。
「少しは気分がよくなったはずだ・・。そうだね?」
・・・ようやく、声が出せそうな気がした。
「ルディ・・・いえ、ルート・・・ヴィヒ。」
思っていたよりも自分の声のトーンが高くてびっくりする。

「・・・そう、前に教えたね、・・ルディと呼んでいいんだよ。どこに居たんだ・・?」
「・・・わからない・・・何も」
やはり自分の声じゃないみたいだ。何かがすごく変だった。

「さぁ、自分の名を言ってごらん。」

名前・・・?僕は・・・たしか。
「ア・・。」
思い出せない・・・ここまで出かかっているのに・・・だけど名前の意味なら知っている。
それをルディに伝えたくて、言葉を振り絞った。
「・・・・心の・・・平安・・・」自分の目から、先ほどと比べものにならないくらい、涙がボロボロとこぼれた。
やはり何か、どこかがおかしい・・。

だが、僕はルディが声に出すと同時か、それより先に名前を思いだした。
「・・・アトラクシア・・・」
「・・そう、・そうだよ、アトラクシア・・・」
そうだ、アトラクシア・・だ。僕は、ようやく名前を思いだしたんだ。
思いだした喜びの他に、何か大きな不安があって、僕はまるで小さい子供のように泣き顔のまま、ルディの衣の端をそうっと片手で握った。このまま、また迷子になってしまったら、どうしようとでも言うような感じで。
今まで気づかなかったのが不思議なくらい、僕の身体は小刻みに震えていた・・。

「なるほど・・この者が・・・皆の待ち望んでいた・・・者だというのか?」腕組みをしたまま、エドワードは未だ冷たい目で僕を見下ろしているようだ。
「しかしエレナ殿は、つい一昨日ザグラーンとの国境付近に赴いたはずではないか。負傷したアトラクシアが見つかったという情報を信じて・・・。なぜここにいきなりその、アトラクシア本人が現れて・・神の塔の結界を破ったりするのだ・・?2日やそこらで移動できる距離ではないのだぞ。」

「その情報の・・方が・・・間違っていたのでしょう。」ルディは、まだ何か魔法をかけている最中で、ちょっと、そのようなことはどうでもいいという風に聞こえた。
「・・・・そうかもしれぬ。だが、罠かもしれぬぞ。そうなると、エレナの部隊も、襲われているかもしれぬ。・・・我らには警護を怠ることはできないのだ。」
「エドワード殿。お疑いもよく分かりますが・・・アトラクシアは、見ての通り重傷です。城へ戻りましょう。まずは・・・休ませます。」
「ま、老師と次期魔法総帥になるはずのルートヴィヒ殿が身元保証をするのなら、仕方がない。だが、証の宝珠(オーブ)を、見せてもらおうか。」

「・・・確かに。アトラクシア、さぁ、騎士エレナ殿から託された宝珠(オーブ)を見せてごらん。」

僕は困り果てた。宝珠(オーブ)・・?その話は前にも聞いた。
確か、僕は宝珠(オーブ)を失った悪者として・・・みなに責められていたのだ。
服をさぐろうとして、自分のじゃないみたいな、すんなり細い足が眼に入って驚いた。
僕は夢の中でどうなっているんだ?
・・・もう一度、よく見てみよう。

自分の胸、足を順番に見下ろしていって、僕は驚いた。
む、胸が(ちょっとだけ)ふくらんでるし!、髪は肩まで垂れ下がっているし!!(生活指導の柴田先生には見せられん)・・・。
僕は、まるっきり少女のようだった。そして服だって、・・・ずいぶん見慣れない服装をしている。

「・・・どうしたんだ?・・・宝珠(オーブ)を・・・・・うわっ」これはどうやら二人が同時に言ってくれたらしいが、・・。
僕は思いっきり、・・・そこでダウンしちまったようだ。
ダウンしつつも、今日の夢はこれで終わりかなってちょっとホッとした・・・。
どうせなら、柔らかそうな胸の感触をちょっと確かめておけばよかったかな、と思いながら。

―――眼が醒めた時には、見慣れないベッドに寝かされていた。古めかしい石と板で作られた部屋の造作。城というわりには華美ではないが、質素だが、清潔そうな部屋だった。
というわけで、まだ夢の中にいるらしい・・。

心配そうな顔で覗き込むのは、やはりルディだった。そして若い騎士のシルベスターが重装備をしたまま目を丸くして、共に覗き込んでいるのだった。

「・・・アトラクシア。・・・いや、いいんだ、そのまま寝ていていいのだよ。」とルディが起きあがりかけた僕を制した。
「・・・・可哀想に。エルフ族の戦士とはいえ、こんな少女がはるばる姫君にお仕えしようと旅をしてきたと言うのに。あ、すみません・・・気がついたら、報告するようにと言われたので、ちょっと席を外しますが・・。」シルベスターは、まるで僕の実の父、いや若いから兄さん?のように涙目で僕を見つめながら、言った・・・。

「大丈夫だ・・・。・・・しかし、エドワード殿も本当に・・・疑い深いのですね。」ルディがちょっと笑みを含んでそう言う。
「あ、いえ。・・・確かにルートヴィヒ様に、もしもの事があったらと・・・そう言われておりましたが。でも僕などが、あなたを警護しても・・あ、いえ、失礼します。後ほどまた参りますから。」シルベスターは、快活に言って、くるりと部屋を出ていった。

ルディは、そう、以前夢であった時よりずっと優しかった。
完璧に女の子扱いだった。昔の夢の中で、彼に怒鳴られていた記憶がマチガイのような気がした(笑)。

「どんな魔物に襲われたのかと、姫様はすごく心配していたよ。」
「・・・本当に、姫様が・・?アナスタシア・・・様に会える・・の?」僕の声は、やはり女の子の声だった。
魔物・・?この傷をどこで負ったのか、まったく記憶がない。

「・・しばらくは無理・・・かな。・・・今、姫様は・・。いや、アナスタシア姫さまのことは覚えていたのだね。」
「・・・はい。・・・あとは・・・(あと覚えていたことは何だろう?)・・・あ、宝珠(オーブ)は・・?」

ルディは、首を横に振った。
「・・・何故、お前は証である純白の宝珠(オーブ)を持っていないのだろう?・・・あの宝珠(オーブ)は並の者には到底、盗むことなどは・・・。いや、宝珠(オーブ)のことは・・何か覚えているか?」

やはり、大切な宝珠(オーブ)は失われてしまっているのだ。これは夢を何度見てもいつも同じだった。
そして責められて、僕は宝珠(オーブ)を探しに行くのだ。
それは、覚えている。だが、そして、それから?

以前やりかけたまま、途中で放って置いたRPGゲームの続きを慌ててやっているような気持ちがする。
何か重要なことを、強力な魔法とかコツとかを忘れているような気がして、とてもうまく乗り切れそうな気はしない。 どうせなら、最初から・・・LV1からやり直せれば・・・だが、リセットできそうには思えない。

「何か災いが起こる前に早く宝珠(オーブ)を見つけねばならない・・・そして証を立てねば・・。皆が納得するまい。エレナ殿にもまだ連絡は届かぬのだろうし。ともかく、お前の怪我が治り次第、審問を行うことになるのだろう・・・。お前が本物のアトラクシアかどうか。」
「・・・・・。」
僕は、なんて言えばいいか、分からなかった。
「すまない。私も鏡池を通してしか、お前と会っていないわけだし。だが、私はお前がアトラクシアだと確信しているけどね。・・・ともかく、今は安心して身体を休めるといい。」

僕は、ルディと直接、会ったことがない・・だって?

「何でもいい、何か記憶している手がかりがあれば・・いいが。」
「・・・・。」
そう、かすかな記憶が少しある・・・だが説明できるかどうか。
宝珠(オーブ)は失ってしまったのだ。いや、夢では、誰かに渡してしまったのだ。今となっては、それが渡していい相手かどうかは分からないけれど。どこで渡したかということも説明できない・・。

それより・・・他のことが気になった。喉に骨がささったようにもどかしい気持ち・・・。

僕がアトラクシアだというのは、僕もそう思う・・。
名前も、名前の由来も僕はちゃんと覚えているし、確かだという気がする。それに、宝珠(オーブ)を渡した状況を説明しようと考えた時に脳裏には、今の僕とまったく同じ姿をしたエルフ族の少女である姿が浮かんでくる・・。
僕は、寝具から、自分のほっそりとした、白い、だけど傷あとだらけの腕を出して、見つめた。
そうだ、この手だ。この手の平の上に、あの純白の宝珠(オーブ)を確かに載せて・・・。
宝珠(オーブ)を受け取った状況も・・・そうだ・・・やはり・・夢で見ていたんだ・・。

あの夢をなんとか思い出さなくては・・・。そして宝珠(オーブ)は取り戻さなくては・・。

だけど、さっきエドワードにエドと呼びかけていた、みたいなかつての記憶は・・・?
ルディとエドワードに対する、郷愁の想いは・・いったい何だというのだ?
あれは、あの姿は女の子じゃなかった、アトラクシアじゃなかった。
そう、そしてアナスタシア姫に対する想いが・・・全然違う・・。
僕は、ずっとアナスタシア姫の元に戻ろうと願っていたはずだった・・。なのに僕は今、アナスタシア姫に逢えないと聞いても、そんなにショックではなかったのだ。
アトラクシアとしての僕は、ただ尊敬する、敬愛する神聖帝国の若き女王に逢ってお仕えしたいという気持ちだけらしい。・・・何かが違う。

夢だから、つじつまが合わないのか・・?
夢の外にいても、夢の中にいても、僕は不安な気持ちでいっぱいだった。
必死に記憶を取り戻そうとしているうちに、僕はあちらの世界でまた眠ってしまったらしい。

―――目覚めた時には、こっち側の世界にいた。
そうだ、椎名鷹志、の僕だ。たぶん、いつもの朝だ。
制服に着替える時に僕は、自分の陽に焼けた腕を見て、何だか違和感を覚えた。

いつものことだけど、あの変な夢を見てからしばらく(3日間くらい)の僕は本当におかしい。こちらの世界の全てが、違和感だらけに感じるのだった。
数学の試験をやっていようが、誰かが女の子とデートをした話をしていようが、すべて他人事で異世界のようで、なんだか夢の中で椎名鷹志RPGを必死で演じているような・・・そんな気がするのだ。
そして僕はホームシックみたいな気分で、いつか精神病院に行かねばと、本気で考えてしまうのだ。

(続く)

[不敵な奥さんのTOP画面へ]
[『夢のかけら』のTOP画面へ]
[続きを読んでみる]
[ひとつ前に戻ってみる]
[TOPのメニューページへ]