2週間位たった日の放課後、僕は学校の図書室の隣、学習室にいた。
学習室と行っても、たいした部屋じゃない。3人掛けの机が10こ位あるだけの部屋だった。いつも3人位しか利用者がいなくて、先生もあまり見に来ない・・騒がなければ、昼寝をしていても、マンガを広げていてもいいところだ。
今日は、母が”ママさんコーラス”の練習に行く日だったので、僕は家の鍵を持って朝出かけてこなければならなかったのに、すっかり忘れてしまっていたのだ。それで、夕方までの時間つぶしに、アトラクシアの物語を最初から綴っていこうと、僕は思った。
綴っていこうと言うとオオゲサだけど、そう、RPGゲームの攻略日誌風に・・・。そんなのなら、僕にも書けそうな気がするから。書くことで整理ができて、自分が落ち着けるような気がするし・・。
めぐみも最近なんだかよそよそしい感じで、僕の夢の話を聞きたがる風でもないということもあるし・・・。
先日の夢で、僕=アトラクシアと判明したけれど、僕はアトラクシアそのものではなくて、そのキャラクターを夢の中で演じているだけのような気がしてきたから、今までより冷静かつ客観的に書けるような気がする。
・・・というのは、あれからもう1度夢を見たんだけど・・・つねに、僕の意思どおりにアトラクシアが動くわけではない、ということが分かったんだ。
どうして、それが分かったかというと・・・。
アトラクシアはかなり記憶をなくしており、今はまだ不安定な状態にいるんだけど、一方の僕はと言えば、”なぜアトラクシアがフェーリス公国に向かっていたのか”以前見た夢で知っていて、覚えているのだから・・・。
そして・・・他にも・・。
え〜と、その・・・。
・・・・自分でちょっと胸をさわってみようかなって思っても、さわることが出来ないってところで・・・自分=アトラクシアじゃないと分かったというか(爆)。
ゲーム上でコマンドが出てこないような、損した気分に、ちょっとなった(笑)。
僕が先日、「え?僕は女の子??」と夢の中で気づいたと同時に、アトラクシアが意識を失ったということはあるけど、あれは偶然にすぎなかったようだ・・・。
―――なんて考えつつ、ふと目をあげた時に大島が廊下を歩いていく姿が見えた。
めずらしいな、図書室にあいつが行ってたなんて・・。今日はサッカーの練習はなかったんだっけ?と
ぼんやり考えた。何かあいつに用があったような気もしたが、僕はノートを広げたところだったので「ま、明日でいいか。」という気になった。
で、さっきの話の続きだけど・・・。
僕は、アトラクシアがルディより偉い、”老師”と皆が呼ぶ人に治療されているらしい夢を見ていたんだ。
覚えているのは、ちょっとだけ。ルディと老師の会話の場面だ。
眠っている(?)アトラクシアのそばでなされていたのだと思う・・。 アトラクシアが眠っているのに、会話が聞き取れる、その寝顔が見られるというのは、やはりゲーム上のキャラクターを動かしている”操作者”みたいなイメージだよね。
昏々と眠るアトラクシアのそばで、老師が青い宝珠(オーブ)をかざしていた。かなり暗い部屋の中で、それはひときわ明るく輝いた。
「ようやくこの頃は、落ち着いてきたようだな・・・。このような深い眠りなら、癒しを与えてくれるだろう・・。」
「うなされずに眠る姿を見るのは、今夜が初めてです。」と、ルディが応えた・・。
「かなりの重症に思っていましたが・・・。老師のおかげで、回復は早いようです。今日は、騎士シルベスターが、一番軽い槍をアトラクシアに渡して訓練をしてくれていたようです。身体を動かす方が気が紛れるだろうとか言って・・・。『お前が、遊びたいだけなんだろう。』と皆にからかわれながら・・。」ルディが、笑みを含んだ声で言う。
どうやら、現在のところは、アトラクシアは罪人(神の塔の結界を破って、不法侵入した罪)として監禁されてはいないらしい・・。騎士シルベスターとルディが、監視しつつ、面倒を見ているといったところか。やはり『審問』もエレナの帰還もまだ、のようである。ふたりの会話は続いていく・・
「・・・しかし、なぜこの子は、すでに”純白の宝珠(オーブ)”を失っていながら、神の塔の戦乙女たちに攻撃を受けなかったのでしょうか?」
「そう、それこそが謎じゃな。」
「あとでこの子に聞いてみたのですが、たしかに戦乙女たちと”すれ違った”とは、言ってました・・。ですから、魔法が発動しなかったわけではないようです。」
「ルートヴィヒよ、あの魔法は、この世界、この国が生まれて以来のものと言われている・・。我らのような”地に棲むもの”ではなく、主がかけた魔法と言われているのだよ。」
老師の声は、伝説の魔法に対して軽々しく”発動する、しない”という表現をしたルディをたしなめる口調に思えた。
「・・・すみません。戦乙女たちがすれ違うだけで、結界の中に侵入しているアトラクシアに攻撃をしない、留めもしないとは・・・。いったいどういうことなんでしょうか。アトラクシアが証の宝珠(オーブ)を持っているからだと、私は思っていましたが・・。宝珠(オーブ)どころか、武器も防具も、何も携えていなかったのです。」ちょっと区切ってから、ルディが言葉をついだ。
「エドワード殿は、老師が魔法をかけてアトラクシアを守っていたのだ、と考えているようですが。」
「ほっほっ(老師は、ここでちょっと笑ったような声を出した)、いやいや、私の魔法だけでは、神の塔に古来より、かけられているあのような魔法を破ることなどできぬよ・・・。あの魔法は、神の塔に”すべての(究極の)宝珠(オーブ)”を集めねば、凌駕できないもののひとつであろう。私の”蒼の宝珠”など、まだまだじゃよ。」
「・・・とすれば、・・未だ戻られぬアルタクス殿くらいでしょうか・・。ですが、勇者殿の”炎狼の宝珠(オーブ)”はすでに砕かれてしまっておるわけですし・・。ご自身も・・・。」
ルディの暗い声をよそに、老師は別のことを考えているらしい。
「・・・宝珠(オーブ)だけの問題ではないような気が、私はするのじゃよ・・。」
「エルフ族は、人より精霊や神に近いという・・・。目に見えぬところで、我らの知らぬところで、何かがあるのかも知れぬ・・・。元々、緑の谷のエルフ族は、ミディエルフ族の中でも穏和と言われておったのだから・・。・・・願わくは・・・。」
その続きは、よく覚えていない。
ただ、老師は・・・”願わくは・・・それ(アトラクシアに秘められている力)が正しい力であることを。”というように表現したようだった。
老師は、アトラクシアが本人かどうかと疑っているというのではないな、と僕は思った。
でも、エドワードと同じように”アトラクシアが、ダークエルフ族の影響下にある”のではないかと思っているような気がした。
以前、書いたことだけど{『BITTER CREEK(後編)』}、審問の後に、老師がアトラクシアの”力”を封印してしまったことを僕は思いだした。
だが、とにかくこうやって話が前後していくと、こんがらがるよね。
やはり一度、僕が考える最初のところから、アトラクシアの物語を書こうと思う。