『夢のかけら 〜緑の谷(2)〜 』


 学習室の入り口まで僕が立って行くと、高橋姫乃さんは、いつもよりこわばった表情で僕に言った。
「勉強中に、悪いと思ったんだけど・・・ちょっとだけいい?」
「ああ、大丈夫だよ。」と僕は言った。
 学習室はあと2、3人くらいしかいなかったけれど、もちろん私語は禁止だ。だから、廊下のつきあたりまで行ってから話そうというように、二人で無言のままそっちへ歩いていった。その間、僕はあわてていろいろ考えてみた。
 どうしてかというと・・彼女はいつもと違って・・・何だかとても怒ってる感じだったからだ。そして僕はといえば、彼女が僕に対して怒っている理由を全然思いつかなかった。で、全然無関係なはずなこと、例えばまた大島にこんなところ見られたらどうしようか?なんてこともついでに思ったりしていた。

 廊下のつきあたりで、彼女は自分のカバンから1冊の本を取りだした。
「これ、さっき大島君が、私に返してくれたんだけど・・。・・・どうして?」
―――『星の王子さま』と言うタイトルの白い本。かわいい金髪の王子さま・・と星の挿し絵。

 あっ、そうだった!と、僕はそれでやっと気がついた。僕が借りていたはずだった、彼女の本を見せられて・・ようやく思い出すなんて、本当に僕はどうかしてる。
「あ、・・・ごめん。・・・高橋さんに言うのを忘れてた。すみません。」と僕はあわてて言ったが、彼女のめがねの奥の瞳は笑ってもくれず、ただ僕を見ていた。

 高橋姫乃さんが僕に貸してくれた本を大島が羨ましがっていたあの日、あいつは「話のきっかけになるかもしれないから・・・。」とかなり強引に持って帰ってしまっていたのだ。
 大島は、それでさっき図書室の前を歩いていたのか。
 あいつ、どういう風に説明したのかなぁ?
 うまく高橋さんと話せたのかなあ・・・。

「・・・・高橋さんから借りたということは、大島に話したんだけど・・・。ごめん、勝手に僕が、また貸しなんかしてしまって。」
「・・・・。」
 彼女は、ただだまって僕を見ている。
「大島が前から読みたがっていた本だと言うから・・・。君の了解を得ないまま、廻しちゃったんだ、ごめんね。すっかり言うのを忘れてたんだ。」
 やっぱり、彼女はじっと僕を見たままで、すぐに何も言ってくれなかったので、どぎまぎした。

 僕らのそばを、さっきから数人が通り過ぎているのだけど、なんだか他の音がまるで聞こえてこないように、そしてなんだか、僕の心臓の音が聞こえてくるような気がしてくる・・。
 僕は、口先だけで「ごめん」という言葉を繰り返しているような気もしてきて、それが何だか居心地が悪くて、それで一番気になっていたことを聞いてみた。
「え・・っと大島、何か言ってた?あいつさ、いいヤツだろ?」
「・・・どうして?」
「え?」
 高橋姫乃さんの2度目のどうして?を聞いて・・その「どうして?」の意味が、僕にはよくわからなかった。それで、聞き返そうとした拍子に、かなり間近で、しかも真っ正面から彼女の瞳を覗きこんでしまい、さらに落着かない気持ちになった・・・。

「・・・そうね、大島君は、なんだか一生懸命感想を言ってくれてたわ。椎名君は?」
「え、感想ってこと・・?」
 どうしよう、実は僕は・・・本を大島が持って帰った時、まだ最後まで読みきっていなかったのだ・・。
 (え〜〜と、え〜〜と、)僕は必死に考えた。せっかく貸してくれた本なのだし、又貸しなんかしてケチつけてしまったし、・・・彼女はそれでとても怒っているみたいだし・・・何かうまいこと言わねばと、僕はあせった。

「う〜〜ん、そうだね・・『かんじんなことは、目に見えない』っていうところかな、いいフレーズだな〜と思ったんだけど・・・。」
「・・・どうして?」

 高橋姫乃さんの3度目のどうして?に、僕の言葉がさえぎられた・・。
 しかも、今までより彼女の目が真剣な風に見えたので、僕はさらにしどろもどろになった。
 実をいうと、僕は、その有名なフレーズが出てくるところまで読んだ記憶がない。以前どこかに載っていた本の解説みたいなのを・・その瞬間、苦し紛れに思い出しただけだったのだ。
「・・・どうしてって言われても、さぁ・・。」と、僕は口ごもった。
 そういえば、そのフレーズが気になって仕方ないと思ったから読み始めたのだけれど、出てこなくて変だな〜と思っていたんだ。・・・困った。せめて読んでいたところ、例えば・・・バオバブの3本の木が星をぐしゃっとつぶしてしまうらしいことなんかを、そのまま面白いねって言えばよかったのに・・。

 聡明な彼女は、すぐに僕のうそに気づいていたらしくて、
「椎名君、実はちゃんと全部読んでないんじゃない?」と突っ込んできた。僕はもう降参することにした。
「・・・・ごめん。さらさら読めて、最初の面白いところはいっぱい覚えてるんだけど・・・。」

「!・・・がっかりだわ、いいかげんにあしらえばいいと思っていたの?私、あなたの感想を聞くのを楽しみにしていたのに!」
彼女の声がとんがっていた。そして、怒りすぎたのか・・今にも泣き出しそうな感じで、瞳がキラキラ光っていた。僕が彼女をさらに怒らせてしまったらしいことは分かっているのに、僕はその瞬間、彼女の目の輝きに見とれてしまった。母や叔母たちが自慢するような宝石よりずっと輝いて見えて、僕はただ黙ってそれを見ていた・・・。

 次の瞬間、彼女は僕の視線を振り切るようにしてくるりと背を向け、そのままスタスタと帰ってしまった。
 僕は、もう何て言っていいかもわからなくて・・彼女の帰っていく後ろ姿が見えなくなっても、しばらく呆然と立っていた。・・・というか、学習室より5つ先のコピー室から出てきた、隣のクラスの梅津先生に呼びかけられるまでの3分くらいの間、ぼ〜っと立っていたみたいだ・・。
 梅津先生は、丸っこい体型の”お袋さん”っぽい先生で、呼びかける声が大きいので、僕は飛び上がった。先生の用は、簡単なものだった。
「椎名君が作った自習用のプリントを印刷したからね〜。」と言われたのだ。僕が、(妊娠中の)英語の白鳥先生に頼まれて、冗談で作ったもののはずだったのに。
「え?、汚い字で書いたアレを使うのですか?」と聞き返したが、もうすでに印刷した後みたいだったし、白鳥先生は最近つらそうにしているので、次の自習の時にみんなに笑われる覚悟を決めることにした。
 梅津先生は、印刷中に見たのだろう、僕の字を思い返すように
「とっても味のある文字ねえ♪・・・せっかくだからそのままにしたのよ(笑)。」なんて笑って言いながら、忙しそうに行ってしまった。そして、また僕は学習室の中へ戻っていった・・。

 にこやかな梅津先生と話している時に、ちょっとまぎれていたブルーな気分がまたすぐに戻ってきた。しばらくアトラクシアの話なんか、もうどうでもいいような、書けないような気がした。彼女(いや、彼女じゃないよ、高橋姫乃さんだよ・・・)が、いつもと全く違う感じで、きつい言い方をしていたのが・・気になった。あんなに怒っているとは思わなかった。
 だけど僕は、”なんだよ、又貸しは確かに悪いよ、でもさ、あそこまで、国語のテストじゃないんだから、何もちゃんとした感想が言えないくらいで、そんなに怒ることないじゃんか・・!”とも、ちょっと思っていた。
・・・だけどやっぱり、彼女の言葉をきちんと聞いてなくて・・最後なんてじろじろ目を見ていたりして・・僕はとても失礼だったような気がする。
 とにかく、全然許してくれるって雰囲気じゃなかったよなぁ・・。
 よくよく考えてみれば、僕も、もうちょっと一生懸命にあやまればいいものを、どこかで何かかっこつけたくて、言い訳じみて取り繕っていたんだ・・。そういう、うそくささが「いやなヤツ!」って思われたんだろうな。せっかく貸した、大事な本にいい加減なコメントじゃ、やはり傷つくよなぁ・・。こっちはそんなつもりじゃなかったんだけど、大切な本がバカにされてるように思ったのかもしれない。

 本当は、(大島にはとても悪いとは思うんだけど・・・)僕も本の話を高橋姫乃さんとするのは、けっこう楽しかったんだ・・・。もしかしたら、いい友達になれたかもしれないのに、友達になるチャンスをなくしちゃったよなぁと・・今更ながら、未練たらしく思っていた。
 そうして僕は、あの本に出てきたキツネがともだちになった後、悲しがる場面を読んだことを思いだした。

 たしかキツネは、王子さまとともだちになれそうになってくると、王子さまがくる時間が近づくだけで、わくわくして、いてもたってもいられなくなるんだった。そして王子さまが帰る時間が近づくと、泣いてしまいたくなる。そう思ったとしてもじっとガマンすればいいものを、相手の王子さまにも、それを伝えてしまう。
 王子さまは、それで「じゃ、(友達なんていても)なんにもいいことないじゃないか。」と言ったりするんだ。
 僕は読んでいて、”めめしいキツネだな。そして、なんてまだるっこしい、めんどくさいことをキツネは言うんだろう。”って思ったんだけど、今の僕は、キツネよりもっと、めめしさと未練たらしさだらけに違いない。あのキツネの話を高橋姫乃さんとすればよかったかな〜と思った・・・。でも、たぶん上手く説明なんて出来ないかもしれないんだけど。・・・・。
 まだ、帰宅するには早いみたいだ。僕はとりあえず、アトラクシアの話をもうちょっと続けて書こうと思った。

**************
―――その時、近くの森に囲われた窪地では、騎士エレナ・シェイファースが苦境から逃れるべく、もがいていた。
 エレナは、ひとりでこの地に踏み込んだことを今、心の底から後悔していた・・・。
 もしも、精鋭の二人でも、供に連れてきていたならば?
 いや、だめだとすぐに思った。三人、いや五人でも太刀打ちできまい。
 ぐいぐいと彼女の身体を締め付けてくる力は、並の大蛇、ではなかった。

 噂に聞いていた、この山のぬしだろうか・・?
 蛇の眼からは、まるで悪魔のような意思を感じるのだ。 エレナの苦しみぶりを舌なめずりしながら観察しているような、ふしがある。

 これは、魔物なのか・・・? 『魔物』というものを見たことも、存在を信じたこともなかったが、いや、これこそがまさに魔物に違いないのだと、エレナは悟った。
 信じられないことだが、やはり国境のはての黒い森の向こうには、伝説のダークエルフガルトというものが存在しているのかもしれない・・・。

 フェーリス公国の中心である都ゼファディアで、高貴な家柄の末娘として生まれ育ってきたエレナは、父の法官シェイファース卿と同じように、かつて勇者アルタクスが伝えてきた、エルフ族などの話をずっと頭から疑っていたのだ。今では伝説となっている話などはすべて、ただのおとぎ話だと。
 もはや、その勇者アルタクスも北の神殿に赴いたと伝えられるまま、帰ってきてはいない。エレナの知る限り、捜索隊が派遣されたこともないようだった。

 この南の地方へ来たのが、初めての任務らしい任務だと思い、張り切っていたのに・・!と痛みの中で、エレナは臍をかむ思いだ。
 エレナは、女性ながら、そして若年ながらも騎士として、アナスタシア姫の近衛騎士団の中の小隊の部隊長にこの春より抜擢された。そして、他の小隊が拒んだらしい、この任務をこなそうとして都から、4日ほどの旅をしてきたのである。
 それは、先の抜擢がエレナの実力ではなくて、父や家名によってのものだという周囲のやっかみが悔しくて、早く勲功が欲しいと思ったからでもある。がまた、緑の谷のみに産出される、ある薬草(魔法草?)の入手、そしてこの近くの村の不穏な噂を調査するというのが主な目的という簡単な任務なのに、他の者の尻込みぶりがとてつもなくバカらしく思えたせいでもあった。

 ―――山のぬし、とか魔物とか言われるものが、本当に存在していたなんて・・・。しかも、地の果てのエルフの都にではなく、都にこんなに近い場所に・・・。
 このような驚きにもめげず、心の中でエレナは悪態をついた。
「魔物よ、お前は存在しない。お前は弱い心が生み出した、幻に過ぎぬのだッ!消えよッ!」

 ボシュ・・っと鈍い音がしたと同時に、食いしばっていたエレナの口から、思わず悲鳴が漏れた。
大事な剣を取り落としてしまった・・。
 無理もない。 利き腕の骨が砕かれたのである。
 巻き付いた胴でぐいぐい締め付けていたが、隙をねらって剣を抜こうとしてエレナが動いた瞬間の、その腕のみを巧みに狙ったものと見える。

 大蛇はほくそ笑んでいる。(・・・ように思えた。)
 いったん、巻き付くのをやめたのだ。エレナを見つめている。次はどうするのだ?と言いたげだ。
エレナは、よろけるようにずずっと、後じさった。大蛇は、するすると無理をしないような速度で間合いを詰めてくる。剣は大蛇の腹の下に抑え込まれてしまったようだ。
 エレナは、ちらりと背後の林との距離を目測してみる・・。何とか細い枝の間に逃げ込めないか・・?
 だが、先ほどから感じているのだが、本気をだした時の蛇のスピードは、今のエレナの及ぶところでは到底ないようだ。 エレナが考える間に、じりりっとさらに間合いを詰めてきた。そして長い胴体につらなる尻尾をくねらせて振り上げ、ムチのようにエレナに振り下ろすかと見えたその時!

 ざざっと近くの茂みが蠢いたと思うと、いきなり何かケモノのようなスピードで、まるで小さい鹿のようなものが飛び出てきた。・・・こびと??
 いや、少女・・? エレナには4,5歳くらいの大きさに見えた。
 少女は自分の背丈と同じ位の棒を持っていて、いきなりそれで大蛇の尻尾をはらった。
「×☆○・・」
 何か叫んでいたようだが、フェーリスの言葉でもなく、貿易上の言語でもなく、言語が違いすぎて分からなかった・・。

 大蛇は、身の程知らずの小さな闖入者に怒りを覚えたようだ。攻撃目標をそちらにと向きを変えたが、腹部分の下にあるはずのエレナの剣は、まだ見えない。大蛇は、再びムチのようにしなわせた尻尾で少女を狙う。
 少女は、普通では考えられないほど、軽々とジャンプしてよけた。 が、着地点が、大蛇の口の正面にあった・・・。大蛇は、すばやく牙の先からベベッと毒を飛ばした。
 空中でそれを察知したのはよかったが、避けようとした少女の着地がちょっと乱れた。
 大蛇は、その地点へさらに毒を連続して吐いた。大蛇の口の中が毒々しく紫色に光っている。

 少女は身をよじってよけた。だが、右の肩、腕、半身に毒が当たってしまったようだ。・・肉が焦げるような、いやな音、匂いがした。大蛇は、さらに少女を追撃しようとずるっと動いた。
 ようやく見えた・・私の剣! エレナは、ふいをついて、大蛇の胴体の下にあった自分の剣を拾った。
そして、無事な方の左腕で、ただ夢中で胴に突き立てた。硬い・・!まるで鎧のような表皮に突き刺すのが、やっとだった。
 ”ぎぇぎえ〜〜・・!!”
 振り向いた大蛇は、かっと口を開け、エレナに噛みつこうとした・・・。
 エレナは、抜けなくなった剣をとっさに離し、必死で後じさったのだが、大蛇の尻尾がすばやく戻ってきて、エレナを器用におのれの口の方に突き転がした。
 目前には、エレナの身体の数倍の大きさの大蛇の口が、開いている。
もはやこれまでかとエレナが思ったときに少女が叫んだようだった。それはエレナにも聞き取れる言語だった。

「天空の光を集め、浄化の炎とせん!・・・・フレイム・サンクタスッ!」
 呪文が終わるか否かのうちに、上空から、蛇の頭上に大きな炎の玉が落下してきたように見えた。大蛇の顔半分がそげたようになっている・・。瞳のあたりから、何かキラリと転げ落ちたのが、見えた。
 と、次の瞬間には大蛇の苦悶の声の残響しか残っていなかった。魔物のことは全く分からないが、大蛇は消滅したのではない、とエレナは思った。大蛇はかなりのダメージを負ってはいたが、まだ死んではいなかった。とどめをさす暇も力も、なかった。まるでかき消えたかのようにすごいスピードで、大蛇は逃げてしまったのだろう。
 大蛇の身体の向こう側にいた少女が、崩れ落ちたような姿で倒れている。毒がまるで火傷を起こさせたのか、肩、腕のみならず、先ほどまで軽快に跳ね飛んでいた足までもが、こげたように暗い紫色に変色していた。エレナは必死に、這うようにして少女のそばにいった。

!・・・ほとんど息をしていない。
 もはや硬直したかのような身体。見開いた瞳からは、幾筋もの涙のあと、目の光が今にも消え失せてしまいそうだ。毒のせいなのか・・・?死力をふりしぼって魔法を使ったのだろうか・・?
 エレナは剣のつかに埋めてある自分の青い宝珠(オーブ)を少女の上にかざした。実は、宝珠(オーブ)などただのお守りにとしか、エレナは考えてこなかった。きちんと魔法を学んでこなかったことを、エレナは悔やんだ。でも知っている限りの快復魔法を・・!
「慈愛の女神の涙よ、傷を癒したまえ。・・・アクア・アンフィナ!」

ふっと意識が戻ったようで、澄みきった深い緑の瞳がじっとエレナをとらえた。
「・・・セ・×☆○・シア・・」苦しい息と共に、少女は何かを呟いた。
「・・?」
 やはり、少女の言葉はエレナには分からなかった。息を吹き返したようなのだが、やはり毒にやられた身体はまだ硬直している。エレナは再度・・魔法をかけようとした。だが、強力な反対呪文がそれを遮った・・。

「お待ちくだされ。その宝珠(オーブ)は、”生きているもの”ではないはず。
また、エルフ族には強い魔法よりも・・・他の治療法が・・・よい場合もござってな。
アーシアは我らの種族のもの・・・。・・お任せを。」
 いつ現れたのか、二人の傍らに白い髪をした老人が立っていた。
 エルフ・・?この少女も老人も・・?
 しかし老人の発した言葉は、流ちょうなフェーリスの言語だった。

 エレナは、堰を切ったように話し始めた。
「この少女、アーシアというのですか?
・・・申し訳ありません。私、私をかばってひどい目に・・・。・・大蛇が・・襲ってきて・・。
私はエレナ・シェイファース・・・フェーリスの・・国の・・・」
 エレナの息が、不本意ながら乱れる。
「そのご紋章・・・存じております・・。
エレナ殿も、ひどいケガをしておいでだ・・・。お仲間はいずこにおいででしょうか?」
 そのような会話を交わしつつ、老人は少女の額に手をかざした。エルフ族の少女、アーシアの顔はいまだ苦悶の表情を浮かべているし、毒にやられた傷が瞬時に治ったわけではないのだが、身体の硬直がとれて死相が消えたように、エレナには思えた・・・。

「危険らしいと思ったので、ギャラヌズーンに・・部下を置いてきて、私だけが単独で調査を・・・彼らはそこに・・・待機しているはずです。」
「・・・ギャラヌズーンの村・・・少々遠いですな。」
 老人はちょっと思案した。
「谷の我らのところで、とりあえずケガの手当などして進ぜるが・・。」
「・・ありがたく・・・お受け・・いたします。・・・あなたは・・・エルフ族の・・?谷にエルフの里があるのですか・・?」
「・・・出来れば、無用な詮索などはしないでいただきたい・・。
我らの里は、霧の中の結界で守られております。
穏和なミディエルフ族は・・・光と闇の戦いにならずとも、いつも他の種族に狙われてきましたのでな・・。」

 (・・・そうだった・・そういう『伝説』だった・・)
 老人の口調は変わらなかったが、普通の人間族の自分との隔たりを、エレナは痛感した。
「・・・はい、そう聞いております・・・。」
 本来なら、人間族の自分とは関わりたくなかったのだろう・・だが、自分を助けるために・・・関わってしまったから仕方がないということなのだ。
 しかし、果たして自分は立ち上がってその里まで歩けるのだろうかとエレナが思った途端、霧の中に包まれていた。
冷たさを感じない霧だな?と思ってすぐに、目の端にこぢんまりとした家が建ち並んでいるのが見えた、ようだった。
・・・エレナはそのまま、深い深い眠りへと落ちていった。

 

(続く)

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