『夢のかけら 〜緑の谷(4)〜 』


 「長い時間お待たせして、まことにご無礼をしたが、お話しをする前に一つ確かめておかねばならぬことを済ませたかったでの。」
 と老人は言った。
 エレナと老人は今、気持ちの良いダイニングで二人だけの夕餉をとった後、濃いお茶を飲んでいる。給仕を担当していたエルフ族の女性(年輩の婦人に見えた)が、新しくテーブルに置いていった燭台からは、柔らかな光と共に清涼なミリネム(ハーブの一種)の香りが漂ってきていた。
 「いえ、・・・お気遣いありがとうございます。」
 とエレナは答えた。そして、このような落ち着いた返答が出来るようになった今というときに、老人と会話が出来ることが、何より有り難いことだと思った。
 実は、エレナは1日中、老人と結局話が出来ずじまいで過ごしたのであった。そのような状態に正直、エレナがじりじりとしていたことは否定できない。元々、決められた時刻にきちんと物事をこなすことを幼少の頃から義務づけられていた家の育ちだからか、性急なたちではあるのだ。しかし、”待ち”を厭うよりも、ただただアナスタシア姫が何かの危難に遭われたのではないかと、心配で仕方なかったのだ。
 だが、老人と逢えないことに不満顔をしているエレナに対し、言葉が通じないまでもいろいろ気遣いをするエルフたちを見ていると、心がなだめられたような気持ちに変化していった。
 エルフの泉に入れてもらい、夕暮れまで強制的に昼寝を奨められたが、それがさらなる回復につながったのも事実である。エレナは、心から礼を言い、明日朝には出立したい旨を告げた。

 「ほう、さすがに女性の身ながら、騎士となる方は・・・回復がお早い。確かに、明日朝には出立できましょう。」
 「エルフの泉と、こちらのみなさまのおかげでしょうか、都ゼファディアを出発した時よりも身体に力がみなぎるようです。」
 「おお、それは頼もしい。・・・では。」
 と、老人は表情を引き締めて、エレナの顔を見つめた。
 「・・・アナスタシア姫の・・お言葉をまずは、お伝えしましょう。」
 「はい・・!」
 と、エレナは強くうなづいた。
 「まずは、エレナ殿。あなたのことをお話しされたのじゃ。あなたを『お捜し』になってアナスタシア姫が、あなたの剣の宝珠(オーブ)に呼びかけておられた・・。エレナ殿に下賜なされた宝珠(オーブ)は、人の手によって作られたものなれど、アナスタシア姫が祈りを込めておられていたために・・姫の心を反響することが出来たようじゃ。緑陰の宝珠(オーブ)をつかうお力は・・フェーリス国随一と聞いておったが・・・さすがじゃのう。」
 と、老人は言った。やはり、この方は多くを知っているようだ、ただならぬ方だなと、エレナは思った。
 アナスタシア姫は、フェーリス国王の娘と生まれながらも、神官をもしのぐほどの緑陰の宝珠(オーブ)を使う力を有している。先ほどの『お捜し』という形容は、すなわち遠くの物事・人物の状態がある程度、感知できるということらしい。
 それにしても、いくら近衛騎士団に所属しているといっても、まだまだ若輩の我が身をアナスタシア姫がそうまで案じてくれていたとは・・・と感激で、エレナの胸はいっぱいになる。

 「あなたが危難に遭われた時、姫ぎみは・・・怖ろしいほどの『魔』を感じてしまわれたようじゃ。そして、しばらく気を失うほどであったが、その『魔』に直接対峙しておられたエレナ殿のお身を案じて・・・必死の呼びかけをしていたということらしいのじゃ。」
 「あの大蛇は、・・やはり魔物なんですね・・・。」
 「うむ。姫ぎみは、大蛇をご覧になったのではなく・・おぼろげな姿を感じられたようじゃ。そして、その時に・・・あることを確信なされたと言われた。」
 「大蛇は・・・フェーリス国を狙う意図を持った魔物であると確信されたのですね。」
 「いや・・・それはたぶんそうじゃろうが・・。確信なされたことというのは・・・別のことなのじゃ。」
 老人は悲しげに首を振った。
 「勇者アルタクス殿が・・・生きておられると、申された。」

 「えっ? それは、朗報ですね!」
と、即座にエレナは喜びいっぱいで思わず叫んだが、老人の表情は暗いままだった。一瞬、言葉を探す風の老人にエレナは、お互いに人違いをしているのではないかと思った。
 「あの・・・それは、アルタクス殿というのは、フェーリス国を救うためにいろいろと冒険をして、国宝の純白の宝珠(オーブ)を救うために命をなげうって・・・行方知れずになったという・・・勇者アルタクスのことですよね?」
 「いかにも。もし、アナスタシア姫のご賢察どおりなら・・・・怖ろしい悲劇じゃ。」
と・・・老人の声はすでに呻きに近かった。エレナは、もう何も言わず、言葉を待つことにした。

 「アナスタシア姫は、こう申された。
 『・・・・アルタクス殿は、生きておられます。・・・でも、もはやあの方は・・・人ではないご様子です・・・!』と。」
 「・・・・。」
 「そして・・・『もしかしたら・・・あの方は今・・』と。とても最後まで続けられぬほどのつらいご様子じゃった。」
 「・・・・!」

 エレナは混乱した。まさか・・・人ではない・・というのは、勇者アルタクスが魔物と化したということなのだろうか。あの大蛇が・・・何か関係しているということか。
 しかし、そんな馬鹿なことが起こりうるのだろうか。アナスタシア姫から第一の騎士の紋章の栄誉を受けたほどの人間が・・・人の心を失って魔物と化すとは・・!
 勇者アルタクスが、最後を覚悟し、騎士の紋章のついた布で・・・希少価値のある純白の宝珠(オーブ)のかけらと自分の剣をくるみ、フェーリス国に届けさせたという逸話は、ただの作り話だったのか。
 「・・・もしも、最強の勇者が『魔』にとり憑かれたら・・・。たしか伝説では・・世界の全てが無になるとか・・」
 とエレナは問うように言った。
 老人はうなづき、ある伝承の一節を口ずさんだ。

 勇を持つ者よ
 すべての物を服させる者よ
 全てを無に帰せしめることなかれ


 「なんということに・・・。あれは・・・神の教えを広めるための・・ただの警句に過ぎないと習っていたのですが。」
 とエレナは言った。現在のフェーリス国では文化が進み、伝説は正式な歴史ではなく、いわゆるおとぎ話しのようなものだという趣旨の教育を受けている。
 「しかし・・・とても、信じがたく、受け入れがたいお話しです。私たち若い世代は、よく知らないながらも勇者アルタクスに憧れておりました。・・・フェーリス国の危難の時には、もしも勇者が生きていたら・・・アナスタシア姫の元に帰還され、活躍するのだと・・・ただ思っておりました。かえってあまりに祭り上げすぎ、偶像化しすぎだと、父に叱られたこともあります。」

 「・・・実は、わたしも・・・信じられない思いだと申し上げたいのじゃ。かつて・・・まだアルタクス殿が、東の地方を冒険しておられた時、直接お逢いして、言葉を交わしたことがありましたでのう。」
 と老人は、遠くを見るような目で言った。
 「え・・・? そうだったんですか。」
 「勇者アルタクス殿について最もよくご存じのはずのアナスタシア姫が、胸のうちを明かされておっしゃられたことに異を唱えるようで申し訳ないのじゃが・・・。よろしければ、年寄りの他愛ない昔話を聞いていただこう。」
 「喜んで伺います。」

 ―――かつて、わたしはマーレンディアヌという名前で、ハインラント地方の東の塔を司っていた(と老人は語り始めた)。
 ある日、勇者アルタクスが・・・顔色を失って、疲れ切った白馬と共に、その東の塔の前広場に竜巻のような勢いのまま、なだれ込んできたことがある。以前に見かけた時の豪放磊落ぶりなどみじんも残っていないほど、勇者は憔悴しきっていた。
 「・・・・かけらでもいいッ! 『禁忌の宝珠(オーブ)』は、こちらならば・・存在するのでは・・・。一度だけ、私にお貸し願いたいッ・・・彼を・・・救わねば・・・」
 と、途切れ途切れの言葉をようやく口にできる状態だった。汗でもつれた髪の間から、真剣な目だけが力を帯びている。が、ただ気力だけで立っているだけであることは、明かだった。

 エルフ族全てを統べるハインラントのエルフは気位が高い種族であり、いきなりの闖入者である彼を全く招かざる客であると判断した。わたしも最初、慇懃無礼な応対をするだけのつもりだった。

 「・・・残念ながら、『禁忌の宝珠(オーブ)』など・・・エルフの里には一つもございません。見つけたら・・すぐに処分するのが掟・・・。確か人間の世界でも同じはずでは・・?まさかご存じないわけではございますまい・・・。」
 「・・・それは・・・、確かに・・、だが・・・遠ざけてばかりでは・・。」と言いかけたが、勇者はそこで堪えきれずに、ガックリと膝をついた。
 「・・・すぐにお手当を。いったい・・・どうなされたのですか。」
 「・・・私が『禁忌の宝珠(オーブ)』を手に入れようとしているために、闇に惹かれたと疑われ・・フェーリス国で捕らえられかけたのだ。ああ、・・・急がなければ。」
 どうやら、しばらく休みなしで二昼夜通し、この大陸を駆けに駆けてきたのだと、マーレンディアヌにもわかった。望みがここでは達成されないと知ると、彼はふらふらと立ち上がりかけた。そこでマーレンディアヌは、彼と彼の馬にあわてて回復魔法をかけたのだった。
 捕縛され、どうやら暴れて逃走してきた様子ではあったが、勇者アルタクスからは、我欲や闇の気配などみじんも感じなかった。それどころか、汗と埃にまみれてはいたが、どこか惹かれるすがすがしさを感じさせた。実際、遠巻きに見下す感のあった、他のエルフの者達も・・・みな相手、また相手の所有する宝珠(オーブ)をある程度『見る』(内面を洞察できるということらしい)能力があるので、とげとげした警戒感を好意にかえていき、彼と彼の馬の回復に力を添えたのである。
 「正直、わたしは彼に会うまで人間族はあまり好きではなかったのだが、彼を見るうちに気持ちが変わったよ。彼が自分の宝珠(オーブ)を使っていれば、ケガなども負わなかったろう、100人もの人間の追っ手をかけられても、全滅させることも簡単なはずじゃ。だが、彼は・・無闇に力を行使するやからではなかったのじゃった。・・・もしもその時、『禁忌の宝珠(オーブ)』を保管していたならば、掟を破って即座に渡してしまったかもしれぬ。」
 と、老人は昔を懐かしむように微笑んだ。

 ―――だが、好感を持ちつつも、全く無謀な若者だと半ばあきれ、マーレンディアヌは、心から勇者アルタクスに忠告したのだった。
 「よほどの悪を持つ、魔物でなければ『禁忌の宝珠(オーブ)』は所有していませんよ。また、闇の属性を持っていないものには、あの宝珠(オーブ)を使いこなせないことを知らないのですか? 特に純粋な人の子ならば、ご無理でしょう。ただ・・・闇に巻き込まれかねませぬよ・・。」
 勇者はあろうことか、微笑んだのである。マーレンディアヌがうろたえる位に、悲しげな微笑だった。
 「・・・私には、・・どうやらその資格があるらしい。・・・認めたくはないのだが。だが、自然の摂理に背くおそれがあっても、彼を助けねば!・・さらにこの世は歪んでしまう・・・。大きな悪意の前に・・無力のまま・・。」
 元々、ダークエルフガルトの動きを薄々感じていたこともあったが、この時にアルタクスと言葉を交わしたことによってマーレンディアヌは心を動かされ、ハインラント地方から出ることを決意したのだった。―――

 「『禁忌の宝珠(オーブ)』の力を得て世界を征服するために魔物や魔族になるような、そのようなお人ではなかったはず。だが今、アナスタシア姫は、まことに深く絶望されておられるようじゃ・・・。わたしが鈍ってしまったのか・・。わたしがかつて見たものは・・間違っていたというのか・・・。
  わたしは、だから今日、里の外に出て確かめようと考えたのじゃ。」
 確かに、世界中を敵にまわしても、アナスタシア姫だけはアルタクスを弁護するのではと思われるほどのご信頼ぶりだったと聞いたはずなのだが・・・。よほどの確信を得た上での絶望なのだろうか。エレナには、想像もつかない。

 「そして・・・『禁忌の宝珠(オーブ)』の話しをすすめたいのじゃが。」
 と老人はまた、口を開いた。
 「実は、今、ここにあるのじゃ。」
 「え?・・・・何と?」
   あの勇者アルタクスが、それだけ渇望していた『禁忌の宝珠(オーブ)』が存在するのか。
 「実は、型どおりに処分をしようと思っていたのじゃが・・。わたしは・・すっかり霧の中で何かを見失っているような気がしてならぬので・・・ケンタウル族に相談に行ったのじゃ。」
 と言って、老人は中央の燭台わきに、ことりと革袋を置いた。赤紫がかったような茶色の革袋は、エレナの手の中にすっぽり収まりそうな、小さなものだった。

 「・・・知る限りの魔よけを施し、このような形に代えてしまったが、中身は宝珠(オーブ)ですじゃ。今はただのかけら(破片)にしか過ぎませぬが。」
 「生きている・・・そして成長するという・・本来の宝珠(オーブ)・・・ですね。しかも、先ほどのお話しでは、掟では、その存在を許されていないという、怖ろしい宝珠(オーブ)・・・。」
 老人はうなづき、袋の口を開けて中身を取り出した。一見古木の化石のようにしか見えないようになっていた。ふつうの2倍の大きさのクルミみたいだと、エレナは思った。

 「たくさんの者の興味をひかぬように、このようにしてしまったが、中の虚に、先日あなたとアーシアが戦った魔物の有していた宝珠(オーブ)のかけら(破片)が入っておりまする。」
 そういえば・・・・何か大蛇の目のあたりからキラキラしたものが落ちたような記憶がある。
 「これならば魔力を持たない者の手が触れても、宝珠(オーブ)がその者を害することはできませぬ。」
 と、老人はまた袋の中に中身を戻した。そして、その袋をエレナの方に押しやり、促すので、エレナは袋を手にすることにした。

 「少々重いかもしれぬので、お気をつけて。」と言われたものの、持ち上げた時には、エレナは衝撃を受けるほど驚いた。
 「重い・・・ですね。金塊よりも、さらに重いです。」
老人が置いた時には、これほどとは見えなかったのだが、うっかり手首をひねってしまいそうな程の重さだった。魔力の差が、重みを感じる差に通じているのだろうか。

 「実は・・・ケンタウル族の長に相談した結果、エレナ殿に託して、フェーリス国に献上するのがよかろうということになりましたのじゃ。エレナ殿には・・・失礼ながら魔力があまりないので、かえって宝珠(オーブ)の力を試そうという危険が生じないのですじゃ。お引き受けくだされると有り難いのじゃが。」

 エレナは腑に落ちない。処分せねばならないものなのか、貴重な宝珠(オーブ)なのか、・・・それを自分に託してどうせよと言いたいのか、全く理解できない。
 「・・・確かに私は、魔法を本来の宝珠(オーブ)から引き出すことは出来ぬと思います。ですが、先ほどのお話しですと、本来フェーリス国においても存在を許されていないはずのもの・・・。私の一存では、お受けできかねます・・・。」
 とエレナは答えた。
 老人は、少々いたずらっぽい笑顔を浮かべてあわてて手を振った。
 「・・・ふむ。そう思いましての、フェーリス国で魔法を司っているアプサラーヌ殿の鏡池に便りをしておきましたのじゃ。先ほど・・・一応ご覧になるとのお応えをいただきましたでの、あとはエレナ殿がお引き受けくださるかどうか・・・。」

 「なるほど、そうでしたか。それならば謹んでお引き受けしましょう。」
 とエレナは返答したが、どう扱えばよいのだろうか・・・という不安はあった。それをすぐ察したかのように、老人は言った。
 「おお、ご心配はご無用ですじゃ。その封印の中から宝珠(オーブ)のかけらを取り出すためには、かなり多くの魔法が必要になりますでの。もちろん、用いるためには、さらに魔力を必要とするものじゃから、ただの重い荷物と信じて・・お運びくだされ。アプサラーヌ殿にすべてご説明もしておりまするでの。
 エレナ殿は、まっすぐなご気性で宝珠(オーブ)の迷いに全く気を惹かれぬのじゃから、安心してお預けできまする。」
 「・・・・わかりました。ご信頼に応え、確かに国に届けましょう。」

 その後、エレナは国に立ち戻り、アナスタシア姫や長老のアプサラーヌとに報告をした。さらにまた厳しい新たな任務を努めることになるのだが、それは次回の話しということになる。

**************
 

 僕、椎名鷹志の話しもちょっと聞いてくれないと困る(笑)。
 先日、高橋姫乃さんと言い合いみたいになった後、実は・・・僕は大島とケンカ状態になってしまったのだ。
 僕は心のどこかで、”おまえが本を無理矢理に持っていくからこんなこと(僕が高橋姫乃さんに怒られたこと)になるんだよ”、みたいなものを抱えていてムシャクシャしていたんだと思う。
 そこへ、大島が
 「シーナをそんなに責め立てるなんて、そんなキッツイ子だと思わなかったな、がっかり。期待はずれかも。」
 って高橋姫乃さんの悪口をひとごとみたいに言うから、結構カチンと来てしまったのだ。
 ケンカの罵詈雑言なんて、あまり書きたくないから詳しく書かないけれども、最後は
 「あ〜あ、オレ、もう高橋さんなんてどうでもいいや。」
 みたいに言う大島を僕がなじり、大島は大島で
 「お前、やっぱ自分の気持ちに素直になれば?」
みたいに僕をなじりと・・・。それで最後はプイっと別れてしまった。
 それから会っても口をきかない状態の一週間で、僕はただ悶々としていた。日曜日に図書館に行って、マンガを物色したり、いろいろやたらめったら本を読んだので、またまた変てこりんな夢を見てしまったりして、実は上の話をするよりそっちの話しを書きたかった位だったけど、やめとく(^^;。

 で、さっきの学校の放課の時、廊下で大島に呼びとめられてようやく仲直りしたみたいだから、これも書いておこう。
 大島はちょっと赤い顔をして言った。
 「シーナ、お前、姉さんに会ったんだって?」
 「あ、うん、図書館で日曜日にね。」
 なんだか互いにケンカを忘れたかのように普通に会話する。だって・・・引きずるのも、いい加減にしたいじゃないか。
 「お前が、何て言ったって思ってると思う?」
 と、大島はさらに顔を赤くして僕を見た。 あ、これ、よく分からない文法かな。つまり、大島の姉さん(高校生)が、僕の発言をどう理解したかってことかと思う。
 「え??」
 たしか、マンガコーナーで会ったんだった。大島と僕とのケンカのことを大島の姉さんが知っていて、それをネタにちょっとからかわれて・・。なんか言い返したっけ・・なんかまずかったのかなぁ。

 「ごめん、分かんないや。記憶喪失。」
 と僕は言った。
 大島は、こりゃもうやんなっちゃうぜって顔して、言った。
 「姉貴がさ〜『シーナ君はね、GFとか彼女とか今はいらないんだって〜。アンタが一番好き(はあと)なんだってさ。女の子よりずっと!』とか言うんだぜ。」
 「あ、そう言ったけど。・・・確かに。」
 と僕は答えた。それが何でいけないんだ?、大島。
 「あ、ダメだよ〜。その真顔。お前って本当に絶対餌食にされるから・・・
  あのさ、うちの姉貴、オタクなんだよ。『萌え萌え〜』とかはしゃいでるから、ネタにされるって!!」
 「オタク??・・・・何、それ?」
 「なんかマンガとか変な文章とか好きなんだって。姉さんは変わってるんだから、相手にするなよ。お前さ、オレと一緒くたに、あ、とにかく滅多なことを言うなよ。」
 へえぇ・・そんなものかと思ったが、僕は大島にごめんと謝った。それから、僕の悪いクセで言い訳みたいにブツブツ言ってしまった。
 「・・・だけどさ、あれからよく考えてみたんだけど、女の子とのことより、大島と話ができない方がショックだったし。だから、つい『本当は僕の中では、大島がいちばんかな』って。」

 「ぎょえ〜。」と変な叫び声をあげて、大島が手をぶんぶん振り回していた。どうやら、照れているらしい。
 「わ、わかった。うれしい。だが、オレは絶対彼女が出来たら、そっちが一番なんだからな〜!」と言って逃げていった。

 僕だって・・・そうかな、彼女が出来たら、その子が大島より一番、になるのかな・・・と思い、想像しようとしたけど、何も思い浮かばない。
 そういえば夢の世界では、アナスタシア姫が一番好きなのはアルタクスで、アルタクスもアナスタシア姫を一番好きだと思っていたのだけれど、どうなんだろうか。一番好きな相手でも、魔物になったら・・・敵だと思ったら・・簡単に嫌いになれたりするのだろうか。
 それだけじゃなくて、フェーリス国を中心とした世界の危難が現実味を帯びてきたようで、そっちの方が気になる。こちらの世界に帰りたくなくなるくらいの、あのきれいな緑の山や野原の上に、どんどんいやなどす黒い雲が増えて・・翳っていくような印象を受けた。運命って変えられないのかなぁ。人なつこい緑の谷のエルフたちじゃ、あっという間に滅ぼされてしまうのだろう・・。なぜ・・・平和な国に攻め込むような、世界を滅ぼすような行動に出るのか理解できない。魔物という種族は、自分たちの国の中で、自分たちで幸せを見つけるように暮らせないのだろうか?

 別の夢を見たときに感じた『魔』の悪意っていうのは果てしなくて、とても僕なんかの言葉ではうまく表現できない。それ位、理解不能なんだよな。
 底なし沼に溺れて全く望みがない状況で、苦しいのに死にきれないみたいな僕を・・・見ているのが楽しそうなんだが、どうしてそんなことで楽しめるのか、理由がわからない。いつも今度こそは、どうしてそういうのが楽しいのか、他に楽しいことはないのか聞いてやりたいと思うのだが、悲しいことに夢の中じゃ、僕にそんな余裕はない。

 ククク・・・
 この苦しみに耐えていれば、救いがくるとでも 思っているのかねぇ
 まるで僕自身の中にいるみたいに すごく近いところで ”その声”が言う。

 いっそ ひと思いに 楽になりたい・・ そうだろう
 い・・・や・・だ・・と振り絞る自分の声がかぼそく、か弱いことに自分ながらショックを受けるほどだ。もう無理なのかもしれない・・と僕は考え始める。最初から、僕には”資格”はなかったんだ・・・。だけど・・! 
 つい、僕は目が全くきかないと言うのにもがいた。そして、さらにきつく罠にはまり込んだことを感じる。それから、そんな僕を見て魔物が高笑いをするのが聞こえ、僕は『屈辱』という言葉の意味がどういうものか・・本当にわかったぞ・・・なんてぼんやり考える、ようにする。そうでもしてなきゃ・・その屈辱に耐えられず、自分の舌を噛みちぎりたい衝動にかられてしまう。

 なかなか頑張るじゃないか・・・
 まだ なぶられたいか それも一興だ
 ふふ・・・ 可哀想にな
 いやなんだろう 逃れたいのだろう
 だったら・・・
 死を願え 
 お前の信じる神とやらに 赦しを乞い 
 自分の死を願え!


 ・・・僕の首はゆっくりと、前に傾きかける。
(続く)

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