須賀田礒太郎/「東洋の舞姫」、「ソナタ・ロマンティック」横浜で演奏。
2009年8月31日 (月)、横浜「赤レンガ倉庫1号館」において「カンディンスキー弦楽四重奏団
with 加畑嶺」コンサートで、須賀田礒太郎の「東洋の舞姫」(1941/2005
Vn.+P.編曲)、ヴァイオリンとピアノのための「ソナタ・ロマンティック」(1931)
第1楽章の2曲が演奏された。横浜開港150年を記念したこのコンサートでは、他にも神奈川県にゆかりの作曲家
(山田耕筰、團伊玖磨、橋本國彦など)の作品も取り上げられた。
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須賀田礒太郎「双龍交遊之舞 」、ハンガリーで演奏。
2008年11月12日、ハンガリー国立フィル定期演奏会で小松一彦氏の指揮により、須賀田礒太郎の双龍交遊之舞
(1940)が演奏された。須賀田作品のヨーロッパでの上演は、1938年6月にローマ、ワルシャワ、ヘルシンキにおいて小船幸次郎の指揮で「交響的舞曲」が演奏されて以来、実に70年ぶりとなる。なおこの際の録音はNHK-FMによって日本でも放送される予定であったが、諸般の事情により残念ながら実現しなかった。
プログラムの詳報は下記の通り。
須賀田礒太郎: 双龍交遊之舞 (1940)
池辺晋一郎: 交響曲第3番
ショスタコーヴィチ: 交響曲第5番
行進曲「皇軍」(1940) /当時のSP音源 (JOAK放送用) 発見。
(2008.2)
行進曲「皇軍」の盤面レーベル
JOAKから委嘱を受け1940年(昭和15年)に作曲された須賀田礒太郎幻の行進曲「皇軍」の作曲当時の音源が、このたび奇跡的に発見された。
この音源情報は拙HPをご覧になったSPコレクター・城内実氏が寄せて下さったもので、当SP盤はJOAKの放送用に作成されたため、一般には発売されなかったという。プレス数も20枚程度だったらしく、1999年に栃木県田沼町の蔵から発見された須賀田の遺品の中にも残されていなかった。現存するのはおそらく数枚
(ひょっとしてこの一枚だけ? ) と思われ、まさに奇跡の発見である。貴重な情報をお知らせ下さった城内氏に対し、ここに厚く御礼申し上げたい。
リマスタリングに定評のあるSP蒐集家の方によってCD-Rに収録された音源を拝聴したが、曲目・演奏ともまことに素晴らしいもので、万感迫り胸の熱くなるのを覚えた。須賀田はスーザ以来の行進曲の様式を完全に把握し、管弦楽法はまさに職人芸の極みであり、曲想はまことに生き生きとした溌溂さに満ちている。かといって決して四角四面の軍隊調ではなく、優雅な気品さえ感じさせる。そう、聴くたびに新たな発見がある逸品なのだ。なおトリオのコール・アングレからは、須賀田の傑作「沙漠の情景」を彷佛とさせられる。
ところでこの音源を提供してくださった城内実氏は浜松のご出身で、東京大学を卒業後外務省に入省、長くドイツで大使館員を勤められた後に衆議院議員を勤められ、4年前の小泉郵政選挙では落下傘候補に僅差で苦杯を舐めたが、2009年8月の衆議院選挙で無所属ながら自民・民主両党候補に圧倒的な票差をつけ見事カムバックを果たしたので、ご存知の方も多いと思う。城内氏はこのSPを初めて聴いた時、「日本にもこんなに素晴らしい行進曲があったのか・・・・」と驚かれ、須賀田礒太郎をネットを検索の結果拙HPを発見され、連絡を下さった。SPの盤質は当時の資源事情を反映しノイズの多いものだが、録音は中・低域がしっかりしており、何より演奏の乗りが凄い。演奏技術の優劣を超えた、このような気迫に満ち満ちた演奏は、おそらく今日では不可能だろう。
須賀田礒太郎のSP録音は他に「台湾舞踏曲 (八月十五夜)」が確認されており、その他にも残されている可能性があるという。引き続き調査をしてくださっている城内氏からの吉報を、私は今、一日千秋の思いで待っている。
行進曲「皇軍」メモ
1940年 (昭和15年) 、紀元2600年を記念しJOAK (NHK東京放送局)より委嘱。靖国神社春秋臨時大祭に使用された。
以後大東亜戦争時より終戦まで放送された。現存スコアは3〜14ページのみで他は欠落しており、再演は不可能と思われていたが、今回のSP盤発見により2009年、演奏用スコア・パート譜が完成した。なおこのSPには「東京交響楽団」とだけ記入され、指揮者の名前が記されていないが、昭和18年1月のJOCK生放送記録の中に「1月17日、坂西輝信指揮東京交響楽団により須賀田礒太郎の行進曲「皇軍」が紙恭輔の管弦楽組曲「ホロンバイル」と共に放送」という記述が残されているため、恐らく同じ坂西の指揮なのでは・・・と推測される。
SP盤=ニッチク特別製造盤 (AK-627/マトリックスno.11458〜9、演奏=東京交響楽団)
須賀田礒太郎初のCD、遂にリリース!!
(CD画像提供/アイヴィ)
曲目/交響的序曲 (1939)、双龍交流之舞 (1940)、生命の律動
(1950)、東洋の舞姫 (東洋組曲「沙漠の情景」より)
世界初録音 (「東洋の舞姫」以外) レコード芸術特選盤
小松 一彦指揮/神奈川フィルハーモニー管弦楽団 (2006.6/かながわアートホール)
NAXOS 8570319J (解説/片山 杜秀)
(註/ジャケットの絵は萬鉄五郎(1885-1927)「もたれて立つ人」(1917)東京国立近代美術館所蔵)
(このコンサートで、須賀田の「交響的舞曲」も演奏された)
現時点で判明している須賀田礒太郎の楽譜について全ての情報をUPしました。
須賀田礒太郎/日本舞踊組曲 作品 9-1 (作品22) (1941/50)
この秋名古屋で弦楽合奏版を本邦初演!!
須賀田は1941年に発表した弦楽四重奏曲第1番「日本絃樂四重奏曲」作品9-1を、後に「日本舞踊組曲」作品22として管弦楽に編曲しています。このたびオリジナルの弦楽四重奏に「日本舞踊組曲」のエッセンスを加えた弦楽合奏版
(編曲/岡崎隆) が11月5日、「名古屋パストラーレ合奏団 コンサート2008」で演奏されました。もちろん本邦初演です。
名古屋では8月3日、しらかわホールで開催された「名フィルの日」コンサートで「東洋組曲〜沙漠の情景」から3曲が室内楽編成で初めて演奏されましたが、「こんな素晴らしい作曲家がいたのか」「今度は是非名フィルの定期で、オリジナルの大編成で「沙漠の情景」全曲を聴いてみたい」などなど、お客様のアンケートも大好評でした。
今回演奏された「日本舞踊組曲」の管弦楽版は、具体的な演奏の予定がない中1950年に編曲されましたが、上演の記録は残されていません。須賀田は生前、何よりも自作品の演奏を願っていました。こうした作曲者の思いをお伝えするため、今回の弦楽合奏版ではオリジナル以外の音は一音たりとも書き加えられておりません。
曲は 1.「祭りの賑ひ」、2.「乙女達の踊り」、3.「農夫達の踊り」の3曲からなり、須賀田自身が考案した「日本的和声」を駆使した、日本的情緒と躍動感とが満ち溢れるたいそう親しみ易いもので、後年の
芥川也寸志/弦楽の為の三楽章 (1953) の先駆けとも言える作品です。
この弦楽合奏版を演奏してみたい、という方からのお問合せを歓迎しています。
名古屋パストラーレ合奏団 コンサート2008
2008年11月5日 (水) 18:45 開演
名古屋市熱田文化小劇場 (JR「熱田」駅下車すぐ)
★須賀田礒太郎「沙漠の情景」抜粋、名古屋で演奏!!
2008年8月3日 (日)、名古屋のしらかわホールで開催された「名フィル室内楽の日」コンサートで、須賀田礒太郎の「沙漠の情景」から第1曲「聖地の巡禮」抜粋と第4曲「東洋の舞姫」、第5曲「アラビア馬に跨りて」抜粋の全3曲が、名フィルメンバーを中心とした「アンサンブル・ジャポニカ」によって、横浜以外の地で初めて演奏された。
「東洋の舞姫」は1941年に作曲後、2002年に開催された「須賀田礒太郎の世界」コンサートにおいて、小松一彦指揮神奈川フィルハーモニー管弦楽団により、実に60年ぶりに初演された管弦楽のための「東洋組曲
(沙漠の情景)」の、第4曲にあたる。月夜のもと妖艶に踊る舞姫の姿を描写的に描いた魅力的な作品で、そのアラビアン・ナイトを彷佛とさせる親しみやすいメロディーは初演時から人気を呼び、2004、2006年の同コンサートでも再演され、昨年発売されたナクソスCDにも収録されている。神奈川フィル演奏会の他にもヴァイオリンとピアノや弦楽五重奏など、これまでいろいろな形に編曲され、演奏されて来た。
初演の指揮者・小松一彦は、この作品を「須賀田のテーマとなりうるもの」と語っている。
今回の名古屋での室内楽編成による再演は当初、弦楽五重奏とオーボエによる6人編成での演奏が考えられていた。大管弦楽による原曲の味わいを出来るだけ忠実に伝えるため、須賀田自身がピアノ三重奏に編曲した「サラセン舞曲」の譜面やピアノ・スケッチをもとに、慎重にアレンジされたのである。しかしその後原曲の音源を聴いた参加メンバーから、「この作品には絶対に打楽器が必要だ!!」という提案があり、曲をよりオリジナルに近い華やかなものとするべくピアノ、2本のトランペットと3人の打楽器奏者が新たに加えられ、結果的に計16人編成で演奏された。「アンサンブル・ジャポニカ」演奏時会場はほぼ満席で、横浜から駆け付けられた須賀田ご遺族の黒澤さんご夫妻の姿も見られた。
「名フィルの日」コンサート 
2008年8月3日 (日) 12:30 開演 しらかわホール (名古屋・伏見)
出演/「アンサンブル・ジャポニカ」「金井喜久子・メモリアル・クインテット」など全15団体。
★弦楽四重奏曲第1番「日本弦楽四重奏曲」(1941)
大田区民ホール「室内楽の夕べ」で演奏。
(プログラム)
モーツァルト: 弦楽四重奏曲 第21番 ニ長調 K.575「プロシャ王第1番」
須賀田礒太郎: 弦楽四重奏曲第1番「日本弦楽四重奏曲」Op.9-1 (1941)
メンデルスゾーン: 弦楽四重奏曲 第4番 ホ短調 Op.44-2
(演奏) アストルカルテット 〔物集女 純子(Vn.1)、飯島 多恵 (Vn.2)、リチャード・エレジーノ
(Va.)、只野 晋作 (Vc.)〕
2008.6.13 (金) 大田区民アプリコ小ホール 全自由席 2,500円
主催・チケット販売: 大田パシフィック チェンバー プレイヤーズ
事務局 (山口) Tel. 090-1600-1464 Fax 03-3735-3659
なおチラシには 第一弦楽四重奏曲 作品9「日本的性格」とあるが、上記の表記が正しい。
★吹奏楽曲「フーガによる舞踏曲」、上野奏楽堂で演奏。
1999年に栃木県田沼町の蔵から大量の自筆譜が発見される前、数曲の合唱作品と共に須賀田礒太郎の楽譜の存在が唯一確認されていた吹奏楽曲「フーガによる舞踏曲」が、2008年4月27日にリベラ・ウインド・オーケストラ演奏会「奏楽堂の響き 2」において上演された。この「フーガによる舞踏曲」は、同じ吹奏楽曲「台湾民謡による舞踏曲
(八月十五夜)」(1943)、「楽しき歩調」(1946)と共にNHK資料部 (現・アーカイヴス)にスコアが保存されていたもので、その作曲年代は残念ながら不明だが、フルスコアで35ページにも及ぶ大作である。今回のおそらく半世紀振りとなる上演は、日本の吹奏楽作品の上演に並々ならぬ熱意を傾けておられるリベラ・ウインド・オーケストラ指揮者・福田滋氏のご厚意によるもので、須賀田作品の研究・浄書譜作成を手掛けさせていただいている者として、ここに心から御礼申し上げたい。
「奏楽堂の響き 2」
会場/東京音楽学校奏楽堂 (旧) (上野公園内) 2008年4月27日 (日) 18時15分開演
指揮/福田 滋 演奏/リベラ・ウインド・シンフォニー
ナビゲーター/西 耕一 (音楽評論)
(プログラム)
團 伊玖麿 (1924〜2001) オープニング・ファンファーレ (よこすか芸術祭)
松平 頼則 (1907〜2001) 日本舞曲第2
平尾貴四男 (1907〜53) 諧謔曲「南風」
須賀田礒太郎 (1907〜52) 「フーガによる舞踏曲」 他
★合唱作品5曲/横浜混声合唱団により上演
須賀田礒太郎の合唱作品5曲が、2007年11月17日、横浜で上演された。
これまで栃木県田沼町以外ではほとんど演奏されなかった須賀田の合唱作品であるが、須賀田の故郷・横浜で初めて演奏されたということで、この企画を押し進めて下さった横浜混声合唱団の吉田孝古磨氏や関係者の皆さんに、心から御礼申し上げたい。
なおコンサートの詳報は次の通り。
横浜混声合唱団/第17回オフオフコンサート (創立59年記念)
日 時 : 2007年11月18日(日) 午後1時30分開場 2時開演
場 所 : 横浜市市民文化会館 関内ホール(横浜市中区住吉町4-42-1 tel.045-662-1221)
[みなとみらい線「馬車道駅」、横浜市営地下鉄「関内駅」、JR根岸線「関内駅」下車]
後 援 : (財)横浜市芸術文化振興財団/横浜音楽文化協会/神奈川県合唱連盟/
日本合唱指揮者協会/ かながわ合唱指揮者クラブ/朝日新聞横浜総局
プログラム : (1) 『空・海・大地と木のうた』 詩 工藤直子 曲 新実徳英
(2) 須賀田礒太郎合唱作品
1.AVE MARIA 2.蔓珠沙華 3.お母さま 4.ふくろ 5.ご飯の歌
(3) 『宇宙戦艦ヤマト』による愛の組曲
(4) 空にまつわるエトセトラ 千の風になって他
演奏 : <指揮> 吉田孝古磨
<ピアノ> 須江太郎 <合唱> 横浜混声合唱団
この演奏会の模様は、横浜混声合唱団が自主制作したCD (2枚組)で聴く事が可能である。