KAKO  ARCHITECT   &   PARTNERS


建築  雑コラム 41

Architecture         The s   Column    

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チェコ・プラハ・ブルノ

昨年11月にチェコに行きました。

          
          ドイツ、ポーランド、スロバキア、オーストリアに囲まれた国チェコ  首都はプラハ(2019.7.21)

チェコは人口1000万人、面積は北海道より少し大きいぐらいの中央ヨーロッパの国です。

プラハを主要都市とするボヘミア地域、ブルノを主要都市とするモラヴィア地域、ポーランド国境近くのシレジア地域の3つの地域で構成されています。

1993年までは隣国のスロバキアと同一のチェコスロバキア共和国でした、戦後は共産圏の国となり、1960年に社会主義共和国と改名される。

しかし1989年の「ビロード革命」によって共産党体制は崩壊した。

まずはプラハから、プラハは第二次世界大戦で大きな被害を被る事が少なかったため、古くからの街の多くの建物が残る事が出来ました。

その数少ない被害を受けて建物が壊された場所に建ったのが、アメリカの建築家フランク・O・ゲーリーが1996年に設計した、ダンシングハウスです。


フランク・O・ゲーリー(1929年〜) (2019.7.22)

        
        ダンシングハウス(1996年) (2019.7.23)

この建物はヴルタバア川沿いにあってかってこの場所に戦闘機が墜落して建物が無かった場所と言われています。

                  
                  ホテルとレストランと事務所の複合建築です (2019.7.24)

                         
                         このうねったガラス部分がゲーリーの事だから魚なのでしょう (2019.7.25)

ヴルタバア川からの鯉の滝登り? モダニズム建築の四角くシンプルな建物とは違った、曲線でうねった形をいつも創るのは理解できますが、

美しいとか、心を動かされる感動を私は彼の作品から感じたことがありません。この建物も同様です。


柱脚部 曲線の柱ですが、つまらないスペースになっています。 (2019.7.26)

             
             ガラス部分を下から見上げた詳細 相も変わらずの看板の裏側でディテールには興味がないのか? (2019.7.27)

                  
                  内部はここまでしか入れませんでした。ホテルのフロントか? (2019.7.28)

                           
                      フロントの向かいにあったザハ風の椅子、この椅子をここに置くならこの直線的なフロントカウンターはないでしょう。

ザハならもっとかっこいいカウンターにしていると思います。 (2019.7.29)

この近くに外壁が全てブラウン管のとても変わった建物がありました、


ブラウン管の外壁の建物 (2019.7.30)

               
               どうも映画館の様です、夜になるとどうなるんだろうか? (2019.7.31)

新しい建物を最初に紹介しましたので、後は中世から残る建物になります。

街は旧市街、新市街、ユダヤ人地区、プラハ城エリアに分かれ旧市街からプラハ城まで続く「王の道」が有名です。

では「王の道」の入り口にあります、「火薬塔」から


火薬塔(1475年) (2019.8.1)

当初は城壁の門でしたが、城壁もなくなり、17世紀に火薬倉庫として使われるようになったためこの様に呼ばれるようになりました。

          
          下部から見上げ、 ゴシック建築で高さは65mある。 (2019.8.2)

                          
                          裏側から (2019.8.3)

火薬塔のすぐ右に1911年にアールヌーヴォー様式の市民会館がある


市民会館(1911年) A.Balsanek設計 (2019.8.4)

             
             かなり装飾的な建物でバロックの様式も少し残っている様に思う。 (2019.8.5)

かってはこの場所は歴代の宮殿があったそうだが17世紀に大火事があって焼失後、1911年に市民会館が建てられた。

                 
                 平面図  (2019.8.6)

                       
                       玄関ホール (2019.8.7)

                           
                           メインステージ (2019.8.8)


パリのアールヌーヴォとは違って華美でお嬢様趣味の様な感じがしました。 (2019.8.9)

          
          市長の間 ミュシャが描いた天井画 (2019.8.10)

王の道を少し行くと


王の道  (2019.8.11)

ピカソやブラックのキュビズムを建築に取り込んだキュビズム建築はチェコのみで発展し、代表的作家ヨゼフ・ゴチャールの黒い聖母の家が見えてくる。

        
        黒い聖母の家(1912年)  (2019.8.12)

                   
                   ヨゼフ・ゴチャール(1880年〜1945年) (2019.8.13)

                              
                             コーナーにある黒い顔の聖母像からこの建物は「黒い聖母の家」と呼ばれるようになった。
                             (2019.8.13)


60度の角度の出窓で立体(キュビズム)を表現しているそうです。 (2019.8.14)

       
       バルコニーの手摺の凸凹もキュビズムを意識したディテールらしい。 (2019.8.15)

細部のディテールに収束していく様子は同時代のアールヌーヴォと同じように感じますが、アールヌーヴォのディテールの方がきれいな様に思います。

                 
                 門扉の詳細 やはり60度の凸凹 (2019.816)


「王の道」をもう少し進みますと旧市街広場に出ます。


旧市街広場  広場の中心にあるヤン・フス像 (2019.8.17)

ヤン・フス(1370年〜1415年)はチェコにおける宗教革命の先駆者でカレル大学の総長もしていた。

      
      広場東 右はティーン教会 左は キンスキー宮殿 

旧市街広場を囲って名所の建物がならびます。 (2019.8.18)

            
            広場北西  聖ミクラーシュ教会 (2019.8.19)

                   
                   広場南西 旧市庁舎 (2019.8.20)


ティーン教会(初期は1135年に宿泊施設としての教会だった?のを1365年に改装した) (2019.8.21)

境界の廻りは店舗や住宅などの建物で被われて正面玄関が広場から見れない不思議な教会でう。

         

火薬塔も四隅に小さい塔が建っていたが、この教会はもっと小塔がたくさん立っている、どうもこれがこの地方の伝統なのか? (2019.8.22)

               
               中庭にある教会の玄関 (2019.8.23)

                    
                    上部 双塔が見える (2019.3.24)

                            
        空間はゴシックの空間ですが、ロマネスク風のアーチと豪華な装飾のバロック風と改装された時代が混合されている。(2019.8.25)

次は広場北西の聖ミクラーシュ教会


聖ミクラーシュ教会(1735年) 

 K.I.ディーンツエーンホファーの設計の建物 (2019.8.26)

        
        手前に双棟(鐘楼) 中央にドーム (2019.8.27)

                
                下部エントランス (2019.8.28)

                      
                      内部 豪華な装飾 (2019.8.29)

                             
                             ドーム部 8角形の不思議なドーム (2019.8.30)

次は広場南西 旧プラハ市庁舎


旧プラハ市庁舎(1338年〜19世紀末)

1338年にこの建物の核となる民家を購入しその後断続的に増改築された建物だそうです。 (2019.8.31)

     
     どうもこの地方はとんがり帽子の屋根が好きそうです。 (2019.9.1)

しかしこの円筒のスペースは何のために作られているのか? ここを左に曲がると時計の壁があります。

          
          どうも天体時計の様で月や太陽などもある、定時になると上の窓から人形が出てきます。 (2019.9.2)

時計の左がエントランスになります。

               
               細かい装飾のエントランス (2019.9.3)

                      
                      エントランスはいってすぐの天井、ゴシックとイスラムが入っているのかな? (2019.9.4)

                            
                            正面のガラス壁、たぶんここは新しい部分、出も19世紀末だから1800年代か?(2019.9.5)


旧市庁舎の棟の展望台から旧市街を見る。正面がティーン教会、その右の黒い塔は火薬塔 (2019.9.6)

         
         豪華装飾の部屋 (2019.9.7)

             
             市長席らしきテーブルのある部屋 (2019.9.8)

                   
                   聖母マリア像の飾ってある出窓、どうもとんがり帽子の円筒の部分はこの出窓の様です。 (2019.9.9)

                       
                       この部屋はゴシック様式で金の装飾もあって豪華です。

造られた時代に合わせた様式が積み重なっています、ヨーロッパの古い建物は500年や600年前の物もありますのでこの様になるのでしょう。
(2019.9.10)

 王の道を進みますとヴルタヴァ川を渡るカレル橋があってその先がプラハ城と続きます。


カレル橋

ここは観光ルートでとても人が多くいます。 (2019.9.11)

         
        横から見たカレル橋 (2019.9.12)

                   
                 旧市街橋塔から見たカレル橋  (2019.9.13)

                        
                        旧市街橋塔 (2019.9.14)
                                  
旧市街橋塔の手前広場横に聖フランティシェク教会(1689年)があります。


聖フランティシェク教会(1689年) (2019.9.15)

     
     エントランス (2019.9.16)

          
          十字型の平面で中央にドームがあります。 (2019.9.17)

                    
                    豪華な装飾と楕円のドーム まさにバロック建築です。(2019.9.18)

カレル橋を渡りしばらく行くと大きなドームの聖ミクラーシュ教会があります。


 聖ミクラーシュ教会(1755年)

ディーンツェーンフォーファ親子による合作で、 ドームの高さは79m 左の棟は鐘楼です。 (2019.9.19)

        
        広場側から見た 聖ミクラーシュ教会 (2019.9.20)

                  
                 豪華な装飾の内部、プラハバロックの代表と言われている。(2019.9.21)

                       
                       丸いドーム外で観た高さは感じない (2019.9.22)

                              
                              正面祭壇 (2019.9.23)  

 聖ミクラーシュ教会の少し先にプラハ城があります。


プラハ城入り口

プラハ城は9世紀頃から建築が始まり14世紀のカレル4世の時にほぼ現在の全容が完成したそうですから700年前のの建築です。

日本でいえば鎌倉時代後期から室町前期になりますから歴史を感じます。 (2019.9.24)

      
      プラハ城案内図

城へは案内図の左側から入ります。日本の城と同じ枡形の囲われた防衛上の場所があります。(2019.9.25)

枡形の正面の建物の中央に入り口の門があります、そこを入ると正面に聖ヴィート大聖堂が見えます。

               
               聖ヴィート大聖堂(1344年〜1929年) (2019.9.26)

                                         
                                         ゴシックの教会ですが、四隅の丸屋根の小塔は東欧の地域性を感じます。 (2019.9.27)

                        
                        正面ステンドグラス窓 (2019.9.28)

                           
                           内部 バジリカ形式のカトリック系の教会です。 (2019.9.29)

                                
                                ゴシックらしいディテールです。 (2019.9.30)

                                    
                 正面のステンドグラスは20世紀初頭にできミュシャの作品もあると言われていますが、どれか分かりませんでした。
                  (2019.10.1) 

 聖ヴィート大聖堂の隣に旧王宮があってその奥にカレル4世の命で建設された祝祭用とても大?なホールヴラディスラフ・ホールがある。


旧王宮入り口 城壁の一部となっている旧王宮16世紀まで使われていたそうです。(2019.10.2)

旧王宮の奥に間口16m、奥行き62m天井高13mの大きなヴラディスラフ・ホールがある。

       
       ヴラディスラフ・ホール(1493−1503)

曲線のリブボールトは大輪の花の様でゴシックなのだろうが少し華麗さもある、ドイツの建築家B・リートの設計です。

                  
                  大倫のリブボールト(2019.10.3)

                          
                            柱部分詳細 (2019.10.4)

                              
                              全体像(2019.10.5)

城壁に囲まれた中の通路に今も憲兵が更新していた。


憲兵の更新 (2019.10.6)

場内で雰囲気のある門を幾つか見つけました。

           
          アーチのドア 真ん中のドア以外にも全体が開いたり、どのように使っていたのだろう?
          板の張り方やコーナーの面取りなど詳細を観ても工夫があっておもしろい。(2019.10.7)

                    
                    四角いドア ざっくりと四角い石の枠組 明り取りのランマ(人が侵入しないように格子付き)
                    X字型にデザインされたディテールもなかなか良い。(2019.10.8)


城壁の上に建てられた住まい、職人や、兵士用の住まいらしい。

                         
                         城壁内の街(2019.10.9)

                            
                             城壁 一部に見晴らし用のスペースが設けられここからまちが見える。(2019.10.10)  

                                
城壁から見たプラハの街 二つの塔はティーン教会 (2019.10.11) 

プラハ城を出て西に少し下ると真ん中に塔の立つロレッタ教会がある。


ロレッタ教会(1626-1751)  (2019.10.12)


中央の高い塔 鐘楼かな? (2019.10.13)

     
     玄関 (2019.10.14)

四角い回廊にいくつかの礼拝堂があってまた、四角い中庭の中に四角いサンタカーサがある。

          
           中庭の中に建つサンタ・カーサ  (2019.10.15)   

                 
                 礼拝堂  (2019.10.16)

                             
                            サンタ・カーサ内部  (2019.10.17)

ロレッタ教会から西に20分ほど行くとオーストリアの建築家アドルフ・ロースの設計した住宅 ミュラー邸がある。


大きな通りから見上げたミュラー邸(1930年) (2019.10.18)

   
   アドルフ・ロース(1870年〜1933年)

アドルフ・ロースは「装飾は罪悪である」と言ったことで有名です。(2019.10.19)

しかし彼の作品を見るとかなりハイソサエティな施主が多く使ってある材料も高価なものが多い、今回も形はシンプルですが、材料は大理石、チークなど

高価な材料でした。

        
        道路から階段を上ると道があります。道のこの手前にミュラー邸を管理する事務所があって予約して見学します。東面 (2019.10.20)

                  
                  北面 庇の下が玄関  (2019.10.21)

                           
                           紅葉したツタの壁面緑化した西面 (2019.10.22)

                                
ミュラー邸の壁面緑化に影響されたか近くのアパートの壁面緑化です。真っ赤に紅葉したツタで私が観た壁面緑化で一番きれいでした。
(2019.10.23)

       
       リビング アドルフ・ロースがよく使う緑の大理石 (2019.10.24)

                 
                 スキップフロアーが使われているので半階違った壁のデザイン (2019.10.25)

                         
                         子供室 (2019.10.26)


夫人室のコーナー (2019.10.27)

                    
                    3階の展望デッキの付いた浮世絵や、提灯のある 日本趣味の部屋 (2019.10.28)

 旧市街区の北にユダヤ人地区がありユダヤ教の教会をシナゴーグと言うがヨーロッパで最古のシナゴーグがこの旧新シナーコーグです。


旧新シナゴーグ(1281年、改装19世紀末) (2019.10.30)

         
          下部  (2019.10.31)

              
              側面  バットレスがあるのでゴシック建築になるのか? (2019.11.1)

中へは入る事が出来ませんでした。

旧新シナゴーグの近くに現在プラハ交響楽団の本拠地になっているコンサートホール ルドルフィヌム(芸術の家)がある。


ヴァルタヴァ川沿いに建つ ルドルフィヌム(芸術の家)(1884年) 

ネオルネッサンス様式だそうですが、外観はウィーンで観たゼムバーのホールによく似ている。(2019.11.2)


ウィーン ブルグ劇場 ゼムバー設計

比べてみるとゼムバーの方がいいですね。 (2019.11.3)

       
      前面 (2019.11.4)

              
              詳細 (2019.11.5)

                     
                     エントランスホール これ以上中には入れませんでした。  

プラハの街は1310年〜1437年 ドイツ系のルクセンブルグ家が支配しカレル一世が大学や芸術の基礎をつくった、

ルクセンブルグ家断絶後ウィーンのハスクブルグ家が1438年〜1918年支配し一時期ヨーロッパの文化の中心となって、

現在残る多くの中世の街並みはこの時期に建てられたものだと思われるが、何故かチェコの歴史ではこの時期を「暗黒の時代」と呼ぶらしい。

自己否定している様でよくわからない。  (2019.11.6)

チェコの近代建築はウィーンのオット・ワーグナーの弟子ヤン・コチェラ(1871年〜1923年)から始まります。


ヤン・コチュラ自邸 正面 (Aライン Jiriho z Podebrad駅) (2019.11.7)

            
            右側面(北面) (2019.11.8)

                       
                       左側面(南側) (2019.11.9)

ヤン・コチュラの最初の作品がペテルカ館になります。(Mustek駅)


ペテルカ館(1899年) 中世の建物と比べてシンプルですが、装飾は至る所に残っています。(2019.11.10)

                    
                    上部「 (2019.11.11)

                           
                           下部 エントランス (2019.11.12)

次はオットワーグナーの弟子らしい作品ウルバーネク・ハウス(1912年)(Mustek駅)


シンプルですが良くできた作品です。中央部分は褐色のレンガです。 (2019.11.13)

             
             上部切妻の屋根がかかっています。窓廻りの詳細もよく考えられています。 (2019.11.14)

                    
                    窓廻りとレンガ詳細 (2019.11.15)

                            
                            下部 水平のガラス窓 と対照的な柱の彫刻 (2019.11.16)


もう一つ少し郊外にあります給水塔


ヴルジョヴィッツエの給水塔 (Pankrac駅) (2019.11.17)

前に紹介したチェコ特有のキュビズム建築 ヨゼフ・ゴチャール、そしてJ、ホホル、パヴェル・ヤナーク、オタカル・ノヴォトニーなどがキュビズム建築家

となりますが、彼らはヤン・コチュラに多くの影響を受けています。

では、キュビズム建築を観てゆきます。

 最初は前出のヨゼフ・ゴチャールが1923年に制作したチェコスロバキア レジオン銀行です。(Bライン Namestl Republiky駅)


レジオン銀行(1923年) (2019.11.18)

かなりいろんな要素が重ねられてできているようです。ル・コルビュジェのラ・ロッシュ=ジャン・ヌレ邸が1924年ですので同時期ですが

それと比べるとまだ近代は遠そうです。

           
           上部詳細 六角の一部の窓はキュビズム建築なのでしょう、半円が多いのはアールデコの影響なのか?(2019.11.19)

                  
                   中央部のレリーフ (2019.11.20)

                       
                       下部 古典の円柱をモチーフにしているようですが、私は中途半端なデザインに見えます。(2019.11.21)

次はヨゼfy・ホホル(1880年〜1956年)の作品を見ていきます。


コヴァジョヴィッチ邸(1913年)(トラム3、92番 vyton駅)(2019.11.22)

60度の角度を多用したところがキュビズム建築らしい特徴が良く出た建物です。

    
    コーナーにとられた門と門扉もキュビズム建築の意図を感じます。(2019.11.23)

          
          ピカソやブラックのキュビズムを建築にするとこの様なると言う事なのだと思いますが、少し違ううのではと私は思います。(2019.11.24)

                
                窓廻りの詳細。


60度の角度を主体とする建築がキュビズム建築の主体だとは理解できましたが、60度の角度の使い方はフランク・ロイド・ライトが一番です。
(2019.11.25)

コヴァジョヴィッチ邸から川沿いに300mほど行くとヴィシェフラドの三世代住宅(1913年)がある。(トラム3、92番 vyton駅)


ヴィシェフラドの三世代住宅

外壁はコヴァジョヴィッチ邸は白かったのですが、ヴィシェフラドの三世代住宅は赤みがかった褐色です。

同じ1913年の作品ですが、ヴィシェフラドの三世代住宅の方が古い作品だと思います。(2019.11.26)

      
      エントランス廻り の詳細 (2019.11.27)

コヴァジョヴィッチ邸から北東方向に15分ほど歩いたところにネクラノヴァ通りの集合住宅(1914年)があります。(トラム3、92番 vyton駅)


クラノヴァ通りの集合住宅(1914年)

いくつかのキュビズム建築を観て来ましたが、私はこの集合住宅が一番良かったと思います。(2019.11.28)

    
    交差する道も鋭角になっていますので コーナーも鋭角のデザインがキュビズム建築にあっているのかもしれません。(2019.11.29)

         
         コーナー及び足元が微妙に凸凹して異様な感じがしますが、これはキュビズム建築には合っていません。(2019.11.30)

              
              エントランス門扉 この人は門扉のデザインにこだわりがあって良くできています。(2019.12.1)

                   
                   窓廻りの詳細(2019.11.2)

                           
                           見上げた所。

私の師匠広瀬一良も斜めの線が好きでしたが、これを観たら何て言ったでしょう?

たぶん「俺こんなの好きじゃないよ!」だろうな!(2019.12.3)

次はオタカル・ノヴォトニーのエリシュキ・クラースノホルスケ通りの集合住宅(1921年)です。


エリシュキ・クラースノホルスケ通りの集合住宅(1921年)(2019.12.4)
     
     近づいてみますとやはり斜めの線の凸凹(2019.12.5)

              
              出入り口詳細 (2019.12.6)

                        
                           スチール門扉詳細(2019.12.7)

                                
                                窓廻り詳細、櫛目の模様が入っている(2019.12.8)

もう一つ教員組合アパート(1925年)(Veletrzni Palac駅)


教員組合アパート(1925年)(2019.12.9)

これは斜めの線があまりありません、1階の柱に比べ2,3,4階の柱の太さが大きく5,6階は柱が無くなっている。

飾りだけの柱なのか?

         
         上部詳細 最上階はデザインも違うし、壁の位置も違うので増築したのかも?

               
               窓廻り詳細(2019.12.10)

最後にパヴェル・ヤナークのアドリア宮殿(1925年)、宮殿と言われるがどう見てもオフィースビル


アドリア宮殿(1925年)(Mustek駅)

     
     上部詳細  城壁をイメージしているのか?(2019.12.11)

          
          入り口

                   
                   彫刻がいっぱいでこれは近代建築ではない(2019.12.12)

                      
                      入り口から中に入ると丸いホール

                           
                           その先にオット・ワーグナーばりのエレベーターホール(2019.12.13)

1928年にO.Tyl,J.Fuchsが見本市会館として初めての機能主義建築を建てプラハの近代建築が始まったようです。


見本市会館(1928年) 現在改装されて国立美術館 ナショナルミュージーアム(ウエムトゥルジュニー宮殿)となっている。(2019.12.14)

        
        ホール部分 たぶん建物の中庭部分にガラス屋根をかけたようです。(2019.12.15)

とてもうまく改装されています。美術館としては少し殺伐としたところもありますが、リメークとしては評価できます。

              
              旧建物の外壁部分多分装飾をして改装されたようだが、原形に近く再生できなかったのだろうか?

                     
                     ホール上部から見たガラス屋根 (2019.12.16)

その他私がプラハで観た建築を紹介します。

1932年 Josip Plecnik(ブレチュニク)が初期キリスト建築に着想して設計したとされる、聖心教会です。


聖心教会(1932年)(Aライン Jiriho z Podebrad駅)

大きな壁の様な時計台が特徴です。

     
     正面から見ると異様な時計台も違和感がない (2019.12.17)

                
                内部はあっさりしている、ゴシックの教会とは対照的なフラットな天井

                     
                     祭壇はなく十字架のみ(2019.12.18)

次はフランスの建築家 ジャン・ヌーベルによる商業ビル プラハ・アンデル(2001年) 


プラハ・アンデル(2001年)(Bライン Andel駅)(2019.12.19)

          
          波打つガラスの壁面 表現としては理解できるが もう少しインパクトが足りない (2019.12.20)

次は1891年の行こなわれたチェコ王国領邦記念博覧会の中心的建築 産業宮殿 (Uysaviste Holesouice駅)


産業宮殿(1891年) 少しアールヌーボーぽい

                 
                 塔 詳細 (2019.12.21)

プラハから電車で2時間半ほど行くとモラヴィア地域の中心ブルノに付く 

ブルノにはミース・ファン・デル・ローエの2001年に世界遺産に登録されたトゥーゲンハット邸(1930年)がある。


ミース・ファン・デル・ローエ(1886年〜1969年) (2019.12.22)

    
      トゥーゲンハット邸 エントランス 道路からは平屋建てに見える。 (トラム Tomanova駅 )(2019.12.23)

             
             開放的な南面

                      
                      南面に続き西面のガラス窓が続く  (2019.12.24)


内部 バルセロナパビリオンが1年前の1929年に竣工している ステンレスの柱や、壁に大理石を貼っているあたりはバルセロナパビリオンと同じ

       
     日よけのターフは生活のための必需品と思われるが、この後おミースの作品からは無くなる (2019.12.25)

              
南面のスチールサッシあるテレビでサッシ前面が床下に収納されるとこを見たが、この詳細からその可能性もありそうだ。 少し錆が出ている。


リビング平面図、現況とは少し違っている(2019.12.26)

                 
                 模型エントランス側 

                          
                          模型南面

次に チェコ機能主義の中心的建築家Bohustav Fuchs(B,フックス)(1895年〜1972年)のブルノにある作品二つを観ます。(2019.12.27)


チェコスロバキア国立銀行(1930年)(トラム Namesti Svobody駅) カーテンウォールでシンプルな外壁

私は名前を知りませんでしたが、1930年でこの建物をデザインした Bohustav Fuchs(B,フックス)はもっと評価されていいと思います。

          
          外壁詳細

                   
                    内部

チェコスロバキア国立銀行から歩いて10分くらいの所にホテル・アヴィオン(1927年)があります。(2019.12.28)


ホテル・アヴィオン(1927年)

                  
                  改装工事中の様でした。

最後にブルノで偶然出会った心休まるゴシック教会を紹介して今年の最後とします。(2019.12.29)


ジョセル教会

            
            正面からそれほど大きな教会には見えません。

               
               内部

何故か私には心地よい空間でした。(2019.12.30)

                   
                    天井

                      
                      祭壇 (2019.12.31)